覚えてますか?!女性外国人シンガーが日本語で歌った曲 ・ここがポイント!

歌謡曲 ここがポイント! チャッピー加藤(ヤンヤンハイスクール講師)

最近、ますます注目されている昭和歌謡。
この講座では、日本人として最低限覚えておきたい歌謡曲の基礎知識を、わかりやすく解説していきます。

美空ひばりは生前、ジャズのスタンダードナンバーをカヴァーしたことがありましたが、まるでネイティヴのようにきれいな発音には驚かされます。実は英語を話せなかったと聞き、二度ビックリ。音感が優れている歌手は、外国語を“音”として捉えている=「正確な耳コピができる」からでしょう。

その証拠に、日本語が話せない外国人歌手たちも、実に流暢な日本語の歌を披露しているのです。今回は、「女性外国人シンガーが、日本語で歌った曲」を見ていきましょう。

ミーナ

まずは、1960年代に活躍したイタリアのスター・ミーナ『砂に消えた涙』(日本語盤は1965年リリース)です。森山加代子のカヴァーで知られる『月影のナポリ』も有名ですが、この『砂に消えた涙』も弘田三枝子はじめ様々な歌手によってカヴァーされ、本国より大ヒットしました。

そこで、本家のミーナも、日本のファンのために日本語でレコーディングすることに。弘田三枝子と同じ漣健児(シンコーミュージック・草野昌一氏)の訳詞で歌っています。たぶんローマ字で書かれた日本語をそのまま歌ったんだろうな、という感じで、若干たどたどしいのですが、発音が非常に明瞭なので、しっかり情感も伝わるのです。ちなみに桑田佳祐もこの曲が大好きで「作曲面で大きな影響を受けた」とのこと。

ミルバ

イタリアで、ミーナと人気を二分した「カンツォーネの女王」ミルバが日本語で歌った『ウナ・セラ・ディ東京』(1964)も、ぜひ聴いてほしい一曲です。その日本語の発音の完璧さは唸るほどで、当時話題になりました。

ご存じ、ザ・ピーナッツの大ヒット曲ですが、実はこれ、単純なカヴァーではないのです。というのは、ピーナッツは最初この曲を『東京たそがれ』というタイトルで1963年にレコーディング。『恋のバカンス』の岩谷時子・宮川泰コンビが手掛けたにもかかわらず、当時この曲はまったく売れませんでした。そんなとき、ミルバが来日。ピーナッツと同じキングレコードの所属だったため、来日記念に『東京たそがれ』をラテン調にアレンジしたものをレコーディングしたのですが、ミルバが歌うなら、ついでにタイトルもイタリア語に変えようと『ウナ・セラ・ディ東京』(=東京での一夜)に改題されたのです。

その出来があまりに素晴らしかったので、本家・ピーナッツもラテンアレンジで再レコーディングしたところ大ヒット、彼女たちの代表作になりました。つまり『ウナ・セラ・ディ…』に関しては、ミルバの方が“本家”であり、ミルバがカヴァーしていなければ、このリメイク盤は生まれていなかったのです。

P.マーチ

続いてアメリカから、これも是非聴いてもらいたい傑作が、ペギー・マーチ『忘れないわ』(1968)です。天才少女歌手リトル・ペギー・マーチとしてデビュー。14歳で全米1位を獲得しましたが、日本でも本国をしのぐ人気を誇り、『日本語で歌うペギー・マーチ』というアルバムが出ているほどです。

『忘れないわ』は20歳を過ぎてからの一曲。よく勘違いされますが、これは英語曲の日本語カヴァーではなく、山上路夫作詞・三木たかし作曲の「書き下ろし国産歌謡曲」です。つまり日本語盤がオリジナルで、まさに日本のファンのためにレコーディングされた曲なのです。これも「実は日本語、話せるんじゃない?」というくらい発音が完璧で、当時ペギーのファンが感涙にむせび泣いたというのも頷けます。

“日本語で歌う外国人女性歌手”ここがポイント!
・ジリオラ・チンクエッティ(伊)『雨』(1969)
…サンレモ音楽祭で入賞したヒット曲を、日本語でセルフカヴァー!

・ダニエル・ビダル(仏)『カトリーヌ』(1970)
…金髪+青い瞳で日本男児をトリコに。日本に拠点を移し芸能活動も。

D.ビダル

・グラシェラ・スサーナ(アルゼンチン)『シバの女王』(1971)
…菅原洋一が現地でスカウトし71年に来日、デビュー曲が大ヒット!

【チャッピー加藤】1967年生まれ。構成作家。
幼少時に『ブルー・ライト・ヨコハマ』を聴いて以来、歌謡曲にどっぷりハマる。
ドーナツ盤をコツコツ買い集めているうちに、気付けば約5000枚を収集。
ラジオ番組構成、コラム、DJ等を通じ、昭和歌謡の魅力を伝えるべく活動中。