あけの語りびと

〝炎のストッパー〟津田恒実投手の記念館設立に奮闘する息子の挑戦「あけの語りびと」(朗読公開)

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

オールスターが終わり、後半戦に突入したプロ野球。
去年25年ぶりに優勝し、今年連覇を狙う広島カープは、闘志にあふれ、記憶に残る名選手を数多く輩出してきました。
そんな赤ヘル軍団で、真っ向勝負でファンの心をつかんだのが、背番号14〝炎のストッパー〟津田恒実投手です。

津田恒実

【プロ野球 広島対阪神】広島・津田恒実投手=1990年8月10日、広島市・広島市民球場 写真提供:産経新聞社

1981年、ドラフト1位で入団。
翌年、球団初の新人王に輝き、最優秀救援投手賞など、抑えの切り札として大活躍。
まさに記憶に残るピッチャーでしたが、1993年、脳腫瘍で、32歳という短い人生を閉じました。

その津田投手に一粒種の息子がいます。津田大毅(だいき)さん、28歳。
「父が亡くなった時、僕は4歳。だから父の記憶は全くないんです。」

母の実家、熊本で育ち、いつしか父と同じ野球の道を歩き始め〝津田二世〟として、周囲の期待は勝手に膨らんでいったそうです。
九州の私立大学に進んだ大毅さんですが、赤ヘル黄金期を築いた古葉竹識(たけし)さんが、東京国際大学・野球部監督に就任したことを知り、編入試験を受けて、二年生からその指導を仰ぎます。

父譲りの本格派投手として期待されますが、腰のケガに苦しみ、サイドスローに変更します。
「父は公式戦で153キロ、オープン戦では156キロを出したと聞いています。僕ですか? 僕は130キロ台が精一杯でしたね。」

結局ケガは完治せず、プロへの夢を断念し、就職。
しかし、野球をやめたのに、どこへ行ってもついて回ったのが「津田の息子」という言葉でした。
「僕にとって偉大すぎる父の存在は、ずっと重荷で、その劣等感から、とにかく知られることが嫌でした。野球も仕事も中途半端、いつもオヤジから逃げていましたね。」

津田大毅(だいき)さん

そんな大毅さんの気持ちに変化が生じたのは、最近のこと。
「父のファンが、いまも、墓参りに来てくれるんですよ。お墓は山口県周南市の実家近くにあるんですが、駅からバスもなく、タクシーで片道5,000円もかけて、わざわざ山間部のこんな所まで来てくれるんです。僕の知らない父が、いまもファンの心の中に生きている……。そう思ったら、ずっと父から逃げてきた自分が、すごく、かっこ悪いことだと、この歳になって気付いたんです。」

没後24年炎のストッパー・津田恒美の記念館を作りたい‼ – FAAVO HPより

父のファンが集まって話し合える、そんな記念館をつくりたい……、
そう思った大毅さんは、1ヶ月前の6月19日、クラウドファンディングをスタート!
翌日、自転車で日本一周の旅に出ました。

この炎天下に走っていると、通り過ぎた車がその先で待っていて「頑張って!これ、差し入れ」と飲み物を渡してくれる人がいます。

旅先で出会った人には「津田恒実記念館プロジェクト」の名刺を渡し、自ら「津田の息子」と名乗って、自分の思いを伝えています。
中には「お前、津田の息子か!うちのオヤジ、阪神ファンでさ、お前のオヤジが出てきた時は、俺んち、最悪の雰囲気だったんだぞ!」と睨みながらも、「俺はお前のオヤジ、大好きだったからな!」と、記念館の設立を応援してくれる人もいます。

一日130キロほど走り、夜は公園などにテントを張って野宿。
盛岡で、お寺に泊めてくれた副住職の言葉が忘れられません。
「この旅も、君の人生も、長い道のりだけど、まずは一歩ずつ、その一歩がゴールだと思って積み重ねていきなさい。たとえ、目標のゴールにたどり着けなくても、一歩を踏み出した君の勇気は、とても大きな価値がある。」

津田恒実記念館の設立に向けて、大きな一歩踏み出した大毅さん。
これからのことを考えると、不安とプレッシャーで押し潰されそうな気持ちになると言います。
何をやっても中途半端だった弱気の自分が出てきそうなとき、大毅さんは、父の言葉を思い出します。

「弱気は最大の敵」。

東北、北海道を回って、自転車日本一周の旅は、まだまだ続きます。
先日まで群馬県前橋市を走っていた大毅さん。
自転車の旅を中断し、きょうは広島、あすは山口県周南市にいます。

「7月20日は父の命日で、今年は25回忌の法要を行います。去年まで僕は、ずっと父から逃げてきましたが、今年は天国の父と向き合って、話ができそうな気がします。」

MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(広島市民球場)球場外観(wikipediaより)

津田大毅さんは181センチ、80キロ、現役時代の津田投手とほぼ同じ体型です。
真っ黒に日焼けした目から鼻にかけて、お父さんに似ています。

「津田恒実記念館」の候補地は、マツダスタジアムの近くを考えているそうです。
どんな記念館にしていこうか、旅の途中でアイデアが浮かぶんだとか。

例えば、父の蝋人形を作ってみたい。
いま流行りのVR(バーチャルリアリティ)で、ゴーグルをつけると、現役時代の津田投手がマウンドに登場!
バッターボックスで、または、キャッチャー目線で、あの剛速球が見られる、とか。
トークショーや、野球教室も開きたい。

津田大毅さん、アイデアは広がるばかりです。
日本一周の旅は、津田大毅さんのツイッターで見られますので、こちらをチェックしてください。

https://twitter.com/daiki141016/status/885464361019482116

2017年7月19日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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