GO!GO!ドーナツ盤ハンター

オールナイトニッポンから生まれた珍曲とは?【GO!GO!ドーナツ盤ハンター】

昨今のアナログ盤ブームで、改めて注目されているのが歌謡曲のレコード。デジタル音源より音に厚みがあり、またCDでは味わえないジャケットの大きさも魅力の一つ。あえて「当時の盤で聴きたい」と中古盤店を巡り、昔のレコードを集めている平成世代も増えているようです。
そんなアナタのために、ドーナツ盤ハンター・チャッピー加藤が、「ぜひ手元に置きたい一枚」を、アーティスト別、ジャンル別にご紹介していきます。

7月15日はニッポン放送の開局記念日です。今から63年前の1954年に放送をスタート。今年は『オールナイトニッポン』が始まって50周年という節目の年でもあるので、当日は各番組が関連特集をオンエアする予定ですが、自分も小学生のときから『オールナイト…』を聴いて育った一人。その結果、今の仕事をやっているわけですし、番組開始の1967年は私の生まれた年なので、妙な親近感があったりします。(今年50歳になりました)。
自分が聴き始めたのは小学生の頃、70年代半ばで、パーソナリティは松山千春、所ジョージ、中島みゆき、つボイノリオ、笑福亭鶴光…。いろんな音楽を教えてもらいましたが、鶴光師匠の『うぐいすだにミュージックホール』(1975、作詞・作曲はあの山本正之)のお陰で、私は「ストリップ小屋」の存在を知りました。今回は『オールナイトニッポン』がキッカケで世に広まった、1960年代・70年代・80年代の”珍曲”を、ジャケット込みでご紹介しましょう。エエか~、エエのんか~、最高か~

【その①】・・・『水虫の唄』カメ&アンコー(1969)


初期オールナイトニッポンを支えた二人、カメ(亀渕昭信)&アンコー(斉藤安弘)によるデュエットソング。ジャケットの絵は、レコーディング風景を描いたものです。
ラブソングの体で「君がうつした水虫は、離れていても通じ合う愛のしるし」と歌うこの曲は、もともとザ・フォーク・クルセダーズが「ザ・ズートルビー」という変名でリリースした曲で(山田君がいた「ずうとるび」とは無関係)、関西のフォークグループが作った曲に、フォークルが手を加えてカヴァーしたもの。イントロの旋律はもろ、ベートーヴェンの『田園』ですし、サビはメンデルスゾーンの『春の歌』。そんな遊び心が、いかにも彼ららしいところ。
フォークルのメジャーデビュー曲『帰って来たヨッパライ』がダブルミリオンの爆発的ヒットになったのは、オールナイトニッポンで何度もオンエアされたことがキッカケですが、そんな縁もあって、当時の人気パーソナリティだった二人がカヴァー。カメ&アンコー版は、間奏の部分にちょっとした掛け合いコントが入ってます。歌は正直、上手いとは言えませんが、ラジオDJならではの味というか、とにかく声がいいから聴けちゃうんですよね。
発売元がCBSソニーというのも驚きますが、20万枚を超すヒットとなり、この曲は本家より、カメ&アンコーのお陰で世に広まったと言っても過言ではありません。
余談ですが、以前担当番組のゲストに、当時ニッポン放送社長だった亀渕氏と、箱根彫刻の森取締役からアナウンサーに復帰したばかりのアンコーさんをお迎えしたことがあり、局の会議室でお二人にアテンドしたんですが、レジェンドを前にメチャクチャ緊張した記憶があります。しまった、あのとき、このジャケットにサイン貰っとくんだった…。
珍曲マニアの間で需要が高く、1000円前後で入手可能です。

【その②】・・・『赤とんぼの唄』あのねのね(1973)


私の世代では、70年代前半のこの辺りからがリアルタイム。当時小学1年生でしたが、あのねのねの出現は衝撃的でした。「魚屋の、おっさんが、屁ェこいた…ブリッ!」(『魚屋のおっさんの唄』)…これを当時、どれだけの小学生男子が学校で口ずさんだことか。かく言う私もその一人です。
京都産業大学の落語研究会部員だった原田伸郎・清水國明により結成された、あのねのね。同じ落研にいた笑福亭鶴瓶師匠と夫人も初期メンバーだった話は有名ですが、最終的に原田&清水のデュオとなり、この曲で73年3月にメジャーデビュー。その4ヵ月後、あのねのねのオールナイトニッポンが始まるわけですが、当時関西の現役学生だった彼らを「面白いヤツらがいる」と抜擢したのが、ディレクターでもあった亀渕氏でした。
二人が番組でやらかした様々な「伝説」は多すぎて書き切れませんが、リスナーに呼び掛けて始発の山手線を満員にしたり、裏番組のスタジオに乱入したり、ロッキード事件のさなか、ロッキード社に生電話を掛けて英語で小型飛行機を注文したり…まあ、ググってみてください(笑)。無名のアーティスト、タレントが、オールナイトニッポンをステップにメジャーになっていく、という図式を最初に作ったのは彼らであり、カメちゃんでもあったのです。
このレコードは、当時フォーク系のアーティストによくあった「実況録音盤」で、ライヴ会場でレコーディングされています。「赤とんぼの羽を取ったら、あぶら虫」といった他愛のない歌詞で、女性ファンがキャーキャー言ってるのですから、いい時代でしたね。冒頭でご紹介した『魚屋のオッサンの唄』もB面に収録されていますので、是非アナログ盤で聴いてみてください。100円コーナーによく置いてありますので(笑)。

【その③】・・・『なぜか埼玉』さいたまんぞう(1981)


80年代初頭、『オールナイトニッポン』が生んだ珍曲といえば、やはりこの曲でしょう。当時水曜1部を担当していたタモリさんが、高校生リスナーからの「こんなヘンなレコードがある」というハガキを取り上げ、自主製作盤だった本曲をオンエア。以降「あの曲はなんだ?」という問い合わせが相次ぎ、フォーライフレコードが「ウチで出しましょう」と、権利を買い取って、ジャケットもそのままで再発売。かくして、ナゾの無名歌手・さいたまんぞうはメジャーデビューを果たし、しかもヒットしてしまったわけですが、還暦を過ぎた現在も、決して表舞台ではないところで芸能活動を続け、本人いわく「芸能界のツチノコ」。「あの人は今」系番組の常連でもあります。
実はまんぞう氏、埼玉出身でもなんでもなく、岡山出身(笑)。一流ドラマーを夢見て上京したところ、ドラムの師匠が自主制作レーベルを立ち上げ、埼玉のご当地ソングで一発当てようと白羽の矢を立てたのが、弟子のまんぞう氏だったのです。「埼玉の歌にコブシは似合わない。演歌のクセが付いていない素人がいい」というのが抜擢の理由ですが、そのお陰で「なんだこの曲は?」とタモリさんに取り上げられたのですから、人生、何が幸いするか分かりません。
まんぞう氏、現在はアマチュア野球の審判としても活躍。「歌う審判」としてアンパイア姿で浅草・東洋館のステージにも立っています。実は私、5年ほど前からひょんなキッカケで懇意になり、隔週木曜夜に自宅から放送しているネット配信番組『まんCHANねる』にも、野球ネタ絡みで何度かゲスト出演させてもらっています。芸能界のツチノコを拝める貴重な番組ですので、お暇な方は、ぜひご覧になってください。そして仕事も「随時募集中」だそうです。
本曲、500円~1000円ほどで入手可能です。

【チャッピー加藤】1967年生まれ。構成作家。
幼少時に『ブルー・ライト・ヨコハマ』を聴いて以来、歌謡曲にどっぷりハマる。
ドーナツ盤をコツコツ買い集めているうちに、気付けば約5,000枚を収集。
ラジオ番組構成、コラム、DJ等を通じ、昭和歌謡の魅力を伝えるべく活動中。

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