『どんな虫でも、とことん付き合うと、面白いところ見つかるんだよ』 「あけの語りびと」(朗読公開)

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

朝刊の一面、その一番下に本や雑誌の広告がありますが、ここで、意外と面白い本を見つけたりします。
先日、目が止まったのが、カタカナ4文字の「カメムシ」。
「農文協」という、農業や食文化、生活関連の出版社から出た本で、決してカメムシを駆除する本ではありません。

IMG_25981

サブタイトルが、「おもしろ生態と上手なつきあい方」。なんだか面白そう本なので、取り寄せてみると、これが実によくできた本で、写真とイラスト、コラムを散りばめた、「カメムシワールド」にいざなってくれる入門書でした。

81PMADNJ-dL

IMG_27851IMG_27861

著者は、埼玉県寄居町に住む野澤雅美さん。現在65歳の男性です。
生まれ育ったのは、山あり、川あり、自然に囲まれた秩父郡皆野町。
子供の頃は、学校から帰ると、ランドセルを放り投げ、蝶々を追いかけたり、カブトムシやクワガタを捕まえたり、そんな「虫とり少年」でした。

中学に入ると、なぜか、カメムシに興味を持ち始めます。
秩父地方でカメムシは、「ワックサ」と呼ばれていて、つまり「くさい虫」「害虫」「嫌われ者」だったんですね。
そんなカメムシを昆虫図鑑で調べると、意外に種類が多く、奥が深い。
子供心に「このマイナーなこの虫にスポットを当てたい」と思います。

秩父の農業高校から、東京農業大学へ進むと、そこで、カメムシを本格的に研究する先生と出会います。
ますますカメムシの世界へ引き込まれていった野澤さん。

「卒業した後も、カメムシを研究するには、時間が作れる教師がいいな」

と高校教師になります。
ところが、赴任先の高校は、荒れに荒れていました。
生徒指導に明け暮れる毎日で、カメムシどころではありません。

「あの生徒は、もう退学処分にしたほうがいい!」

職員室でそんな声も上がりますが、若き野澤先生は反対します。

「いやぁ待ってください!教師が、生徒を見放したら、誰が助けてあげられるんですか」

何度も、何度も、生徒と話し合い、

「あのなあ、学校で許されないことは、社会でも許されないんだぞ」

それだけを言い聞かせました。
授業を真面目に聞く生徒も、ほとんどなく、定期試験の答案用紙は、白紙ばかりです。

「何でもいいから、白紙で出すなよ」

ある日、答案用紙の裏に、カメムシを描いた生徒がいました。
その絵が、生きているように、上手だったんですね。

「よく描けてるな。大したもんだ!」
「先生、カメムシの研究してるんだって?あんな、くさい虫、何が、面白いんだよ」
「どんな虫でも、とことん付き合うと、面白いところ見つかるんだよ」
「ふーん、そうなんだ。それよりか、先生、何点くれる?」
「テストは0点! だが、この絵は百点だ!」
「やった!」

嬉しそうに笑う生徒の顔が、いまも忘れられないといいます。

『子供は褒めて育てろ!』それが持論となりました。

当時、カメムシの研究はもっぱら夜中です。森の中、白いシーツに、ライトを当てると、何千匹もの虫が群がってきます。
その中から珍しいカメムシをピンセットで捕まえて、タッパーに入れ、冷蔵庫の中に、一時保管……。
そんなことを何回も何回も繰り返しました。

その後、教頭から校長になった野澤さん。

「いやぁ~、あんた虫ばかり追いかけて、よく校長になったもんだな」

と、親戚から、皮肉られたこともありました。

埼玉県立「自然の博物館」

5年前60歳で定年退職。現在、母校で非常勤講師をしながら、埼玉県立「自然の博物館」でカメムシの標本を作っています。

IMG_27371IMG_27581

カメムシの種類は1千200種類、いままでに作ったカメムシの標本は170箱。1万5,000匹を採集しました。
標本箱を眺めながら、野澤さん、こう言います。

「この小さな虫に、私は五十年以上、支えられてきました。採集したカメムシの命を無駄にせず、標本にして科学的に生かす、これが私の使命だと思っています。」

2016年5月25日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ