燃え尽き症候群からロンドンパラリンピックで銅メダルを獲るまで-小山恭輔選手(パラ水泳日本代表)インタビュー

ニッポンチャレンジドアスリート・小山恭輔選手(パラ水泳日本代表)インタビュー(3)】

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小山恭輔(おやまきょうすけ)
1987年12月26日東京・東久留米市生まれ。中2のときに脳­梗塞となり、右半身に機能障がいが残る。リハビリで水泳を始め、高校から本格­的に競技生活をスタート。たちまち頭角を現し、パラリンピック出場を果たす。50­mバタフライで北京では銀、ロンドンでは銅メダルを獲得。今年のリオ大会で金メダル獲得を目指す。

-北京パラリンピック初出場で銀メダルを獲得した小山、当然周囲は4年後のロンドンでは金をと期待したが小山は思わぬスランプに陥ってしまう。
小山 北京が終わってから、燃え尽き症候群に陥ってしまって、ロンドンの始まる1年前くらいまでスランプに入ってしまいました。
このままでは終わってしまうかもしれないと思ったところに、母親の一喝がありまして、一生過ごすためには仕事をしなきゃいけないんだから水泳をちゃんとしないんだったら仕事をしなさい。と言われまして、だったら水泳したい、と思いまして1年前くらいから真面目に水泳に取り組みました。

-母親の檄で再び戦う気力を取り戻した小山、しかしその間、世界のレベルは上がっていた。ライバルも増え、ロンドンでは金どころかメダル取るのも厳しいと思っていたが…。
小山 自分はたぶん運を持っていたと思います。
ロンドンの時に障がい者のクラス分けというものがあって、その当時自分の世界ランキングが4位だったんです。
ラッキーなことにそのためにクラスが一つ上がってしまって、ベストのタイムはでなかったのですが、頑張った結果、銅メダルが取れました。

-北京で銀、ロンドンで銅。リオでは三大会連続のメダルがかかる。3月の選考会で小山はパラリンピック派遣標準記録を32秒01で突破。リオ行の切符をつかみ取った。本番に向けて抱負は?
小山
 上位の3人がとても強い選手たちで、中国人、中国人、コロンビア人。
その選手達と戦うには32秒01という記録では到底及ばない記録です。
でも、日本で自分以外に世界で戦える選手がいなくて、一人でどうしても戦わなくてはならない中で、選考会で32秒01が出た時にはまあ、派遣標準記録を切れたからよかったという思いはありました。

-二度のパラリンピックでいずれもメダルを獲得。小山は大事な試合になると必ず力を発揮するタイプだ。
小山 コーチによく言われるのがお祭り男。
4年に1回の男って言われていて、それ以外はまったくもって調子が上がらない。
上げなくてはいけないのですが(笑)。
でもお祭り男だからこそ強みがあるのかなというのはあります。

-リオ大会も出場権を獲得。唯一獲っていない、金メダルを目指す。小山は6月にドイツへ遠征、7月に横浜で行われるジャパンパラ競技大会に出場し、リオに臨む予定だ。本番に向けて今の課題は?

小山 あまり体力がないほうなので残りの25メートルから15メートルにかけてのスピードがどうしてもタイムにすごく差異があるんです。
どうしてもそこを埋めようと今はしていて、出来る限り持久力系のトレーニングを多めに入れようかなと思っています。
あとは残された左手だけではなくて右手右足のトレーニングも動かせる範囲内で普段は生かされていないと思っていた能力を少しだけでもいいから、右手右足の麻痺しているほうの手足も頑張ってトレーニングしています。

(2016年5月16日~5月20日放送分より)

ニッポンチャレンジドアスリート
ニッポン放送 毎週月曜~金曜 13:42~放送中
(月曜~木曜は「土屋礼央 レオなるど」内、金曜は「金曜ブラボー。」内)
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