ライター望月の駅弁膝栗毛

吉松駅「御弁当」(650円)~立ち売りさんと日本三大車窓!肥薩線「いさぶろう・しんぺい」の旅【ライター望月の駅弁膝栗毛】

いさぶろう・しんぺい,はやとの風

吉松駅で並ぶ「いさぶろう・しんぺい」と「はやとの風」

鹿児島県湧水町の吉松駅は、肥薩線(ひさつせん)と、吉都線(きっとせん)の接続駅。
特急「はやとの風2号」が11:11に到着した後、間もなく向かいのホームにやって来るのは、熊本からの「いさぶろう1号」です。
コチラも「はやとの風」同様、キハ47形気動車を“水戸岡デザイン”でリニューアルして生まれた、JR九州自慢の“D&S(デザイン&ストーリー)列車”です。

いさぶろう,しんぺい

肥薩線「いさぶろう・しんぺい」

「いさぶろう1号」は、熊本~人吉間を特急、人吉~吉松間は普通列車として運行します。
列車は、吉松で折り返して普通列車「しんぺい2号」人吉行となります。
肥薩線・人吉~吉松間は、「矢岳越え」と呼ばれる峠越えの区間で、“山線”の愛称があります。
この区間を日中走る普通列車には、1990年代から人吉発の下り列車に「いさぶろう」、吉松発の上り列車に「しんぺい」の愛称が付けられていました。
この列車に平成16(2004)年の九州新幹線先行開業時、専用車両が投入されて人気に・・・。
今も繁忙期は指定が取りにくく、ロングシート部分のわずかな自由席に立客が出る盛況ぶりです。

ちなみに「いさぶろう」の名は、人吉~吉松間が開通した当時の逓信大臣・山縣伊三郎。
「しんぺい」の名は、当時の鉄道院総裁・後藤新平に由来しています。
肥薩線で最も長いトンネル・矢岳第一トンネルの入口には「扁額」があって、人吉側が山縣、吉松側は後藤が揮毫したものが掲げられているんですね。
肥薩線は、まさに“国家プロジェクト”として造られた鉄道なのです。

《特急 いさぶろう・しんぺい》http://www.jrkyushu.co.jp/trains/isaburou_shinpei/

吉松駅

吉松駅

かつて、熊本・鹿児島・宮崎を結ぶ鉄道の要衝として栄えた「吉松駅」。
その名残を伝えるのが、ホーム中央に残る1軒の売店です。
今も「いさぶろう・しんぺい」、特急「はやとの風」の発着時には、しっかり営業してくれます。
店の傍らには、年季が入った昔ながらの駅弁の立ち売りの籠が・・・。
しかも、お弁当が入っているということは!!!

駅弁たまり・玉利さん

駅弁たまり・玉利さん

そう、吉松駅では、駅弁の立ち売りが行われているのです。
種類はいわゆる幕の内弁当、ただ1つ!
駅弁が昔、幕の内系の普通弁当、ご当地食材を使った特殊弁当と分かれていた時代にタイムスリップしてしまったかのような錯覚を憶えそうなくらいレトロな雰囲気に、もう狂喜乱舞!
鹿児島唯一の駅弁立売りは、間違いなく、日本一“いぶし銀”の駅弁の立ち売りです。

駅弁たまり・玉利さん

駅弁たまり・玉利さん

『ただの田舎弁当だよ』と謙遜しながら、今も吉松駅近くのお店で駅弁を調製して、ホームで立ち売りを続けるのは、玉利聿麗(たまり・いつれい)さん(79)。
昭和12(1937)年生まれとのことで、『今年で80になられるんですか?』と訊いてみると、『80とか聞きたくないねぇ!』というお声が返ってきました。
その若々しい気持ちが詰まった駅弁なら間違いなく美味しい!
この日、10数個調製された「御弁当」は、11:49の「しんぺい2号」発車前に見事、完売!
買えなかったお客さんの残念がる姿が、何人も見受けられました。

御弁当

御弁当

スミマセン、この日のラスト1個を買ってしまったのは、私・望月です。
買えなかった皆さんのためにも、「駅弁膝栗毛」でたっぷりご紹介していきたいと思います。
「御弁当」(650円)の掛け紙は、吉松駅を中心とした霧島連山が描かれた鳥瞰図といったところ。
横に肥薩線、下に伸びるのが都城へ向かう吉都線です。
昼前の立ち売りに合わせて調製されているので、手にするとまだご飯の温もりが感じられました。

御弁当

御弁当

桃色のとじ紐をほどき、レトロな掛け紙と、ご飯の水分を吸って反り返った経木の折詰を外すと、白いご飯といっぱいのおかずが入った幕の内風の弁当が現れました。
確かに見た目は、玉利さんのおっしゃるように「ただの田舎弁当」かもしれません。
でも、玉利さんが首から下げた籠から取り出され、玉利さんの人柄に触れながら、お金をやり取りして、温もりのある経木の折詰を手にすると、それだけでとても有難い気持ちになれるんです。

御弁当

御弁当

やっぱり、経木の折詰に入った白いご飯って、木の匂いと混じって、“魔法がかかる”んですよね。
おかずは玉子焼、蒲鉾の幕の内の定番に加え、白身魚フライ・コロッケなどの揚物、里芋・椎茸・蓮根などの煮物など、1つ1つのおかずが優しい味で、ご飯と一緒に体にスッと入っていきます。
香の物が福神漬けというのは、ちょっとアクセントが入っていて面白い感じ。
割り箸の袋にも、おそらく手作業で入れられたと思われる爪楊枝が入っていたのも感動でした。
この日、「しんぺい2号」では、各座席で「駅弁たまり」の折詰を開く様子が見受けられました。
レトロ風の車両で楽しんだ懐かしい駅弁旅は、きっと素晴らしい旅の思い出になったことでしょう。

いさぶろう,しんぺい

肥薩線「いさぶろう・しんぺい」

そんな駅弁片手に楽しめる「しんぺい2号」の旅。
列車は吉松を出ると、早速上り勾配に差し掛かり、最初は「真幸(まさき)駅」に5分停まります。
「真の幸せ」と書くことから、日本有数の縁起のいい駅として知られています。
ホームには「幸せの鐘」があって、列車発着時は、乗客の皆さんが鳴らす鐘の音が響き渡ります。
ちなみに真幸駅は、県境を越えた宮崎県えびの市にあります。

真幸駅

肥薩線・真幸駅

真幸駅は標高380mで、標高213mの吉松駅から150m以上、登ってきました。
列車は真幸駅を出ると、一旦バックして、引き上げ線に入り、再び助走をつけて、標高536mの矢岳(やたけ)駅を目指します。
そう、真幸駅は、いわゆる「スイッチバック」のある駅なんです。
「しんぺい2号」は眼下に今、出たばかりの真幸駅のホームを見下ろしながら、進んでいきます。
週末は、地元の皆さんが駅でちょっとした市を開いていることも・・・。
そんな駅に集った皆さんが、山を登っていく列車に手を振ってお見送りです。
やっぱりローカル線の旅は、こうして地元の皆さんと気持ちを通わせるのが楽しい!!

日本三大車窓

肥薩線からの「日本三大車窓」

そして、「いさぶろう・しんぺい」のハイライトといえば、肥薩線・矢岳~真幸間の車窓です。
韓国岳(からくにだけ)を中心に広がる霧島連山を一望できるこの景色は、姨捨・狩勝峠と並んで「日本三大車窓」の1つに数えられてきました。
「いさぶろう・しんぺい」はココでしばし停車し、鑑賞タイム(撮影タイム)が設けられています。

この景色を見ると、2000年ごろ、初めてこの区間に乗った時のことを思い出します。
東京発の夜行快速「ムーンライトながら」から乗り継ぐと、その日のうちに行けるのが八代でした。
当時は深夜帯に夜行の「ドリームつばめ」が運行されていたため、八代駅は一晩中開いていて、駅の待合室でゴロンとしながら夜を明かすことが出来ました。

明朝、八代で5時50分過ぎの始発の肥薩線に乗って、人吉発の一番列車で吉松へ・・・。
1両のキハ31形気動車に、乗客は私たった1人だけでした。
トンネルを抜け、この場所に差し掛かった時、素晴らしい雲海が広がりました。
すると、運転士さんは、この場所で列車を停めて、「青春18きっぷ」で貧乏旅行中のたった1人の乗客のために美しい景色を解説して下さったのです。
肥薩線(山線)のダイヤはかなり余裕を持って組まれているとは思いますが、観光時間帯ではない列車のサプライズ演出は、若き日の忘れられない旅の思い出。
九州の鉄道旅がやめられなくなった瞬間でもありました。

D51

矢岳駅のD51

肥薩線で最も長い2,096mの矢岳第一トンネルを抜けると、列車は熊本県へ。
肥薩線で最も高い矢岳駅(標高536.9m)でも「しんぺい2号」は5分停車します。
駅前のSL保存館には、かつて肥薩線で活躍したという「D51形蒸気機関車」の170号機があって、停車時間に力強いデゴイチの姿を見ることが出来ます。
しっかり屋根が架けられていて、地元の皆さんの鉄道愛が感じられますね。

大畑駅

ループ線の上から望む大畑駅

肥薩線の人吉~吉松間は、観光的にも鉄道好きにもたまらない区間。
一般には先ほどの「日本三大車窓」が名所となりますが、鉄道好きにはやっぱり大畑(おこば)駅!
この大畑駅、スイッチバックとループ線がセットになった、日本でココだけの駅なのです。
「しんぺい2号」は、画像の所から右へ大きく直径600mのカーブを描いて山を下りスイッチバック。
バックで大畑駅(画像中央付近)に入り、再び元の進行方向に戻って、山下りを続けていきます。

いさぶろう,しんぺい

肥薩線「いさぶろう・しんぺい」

「しんぺい2号」は、大畑駅でも12:49~54まで5分間停まって、終点・人吉には13:05着。
吉松~人吉間35kmを各駅に5分ずつ停まりながら、1時間15分あまりで走ります。
元々、この区間には、宮崎方面に向かう急行「えびの」(特急「おおよど」)といった優等列車も走っており、熊本~宮崎間を結ぶ役割を担っていました。
今、この区間の高速移動には、JRも九州新幹線と新八代で接続する九州道経由の高速バス「B&Sみやざき」号を推奨しており、お得なきっぷも発売しています。
一方で、残されたローカル線を切り捨てることなく、列車をアトラクション感覚のものに昇華。
絶景を眺めながら鉄道文化を学び、地元の方との交流を楽しめる場へと再生しているのです。

(取材・文:望月崇史)

384ffa5f8c8f2c560e52fb29f9f48f03

Copyright Nippon Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved.