1971/6/13シカゴ大阪フェスティバルホール初来日公演【大人のMusic Calendar】

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栄光のシカゴ,来日記念盤

今年、結成50周年を迎えたシカゴは、レコード・デビューからほどない1970年夏に生まれた大ヒット「長い夜」をきっかけに、一躍、世界の表舞台へと躍り出る。

トランペット、トロンボーン、サックスを前面に掲げた、彼ら曰く「ロックンロール・バンド・ウィズ・ホーンズ」、日本では「ブラス・ロック」と称されたサウンド形態の独創性が、まず、注目を浴びた。時のニクソン政権に対する強い反発や、早い時期からの環境破壊への警鐘など、毅然と問題提起を重ねる立ち位置の明快さも、共感を持って受け止められる。さらには、野暮ったさが当たり前のアメリカのバンド群にあって、メンバー7人とも、まだ20代前半という若さを存分に活かした、相当にマシな容姿やファッションが、大きく彼らに味方したようにも見える。

そして、翌1971年、「自由になりたい」や「ロウダウン」といった後続ヒットを引っ提げ、シカゴは初めて日本にやって来た。6月13日と14日とが大阪フェスティバルホール。その2日後に日本武道館で催される唯一の東京公演を、何が何でも観たいと私は願い、子供なりに知恵を巡らせた。

昼前に中学校を抜け出し、4時間も特急列車に揺られれば、上野駅に着く。帰りは夜行列車。余裕だ。しかし、そうはうまくいかなかった。何の嫌がらせか、部活のバレーボールの、市の春季大会とかち合い、それを終えてからでは、到底18時半の開演に間に合うはずもなく、泣く泣く断念を余儀なくされる。決して誇張ではなく、人生最大の痛恨の極み。あまりに悔しくて、誰にも負けないくらい熱心に、初来日に纏わる音と映像と写真と記事とメモラビリアとをかき集め、いつしか観てきたような嘘がつける講釈師になっていた。

シカゴ,初来日公演チケット

実は同じ1971年の2月、「ブラス・ロック」との括りでは好敵手の間柄にあったブラッド・スウェット&ティアーズが、一足先に武道館公演を行い、高い音楽性と圧倒的な演奏力とをまざまざと見せつけて、あまたの聴衆を釘付けにした。一方のシカゴは、武道館に詰めかけた満杯の観客を総立ちにさせた、海外からの最初のアーティスト、あるには、いかにしてロック・コンサートを楽しむべきかを真っ先に日本のファンへと伝えた、さながら黒船到来とも記憶されることとなる。

当時のシカゴのステージは、1時間ずつの2部構成+アンコールが標準で、連日、大幅に入れ替わる演目の多様さが話題を呼んだ。ロバート・ラム(ヴォーカル&キーボード)やジェイムズ・パンコウ(トロンボーン)らが書き下す、前述以外にも「クエスチョンズ67 / 68」や「ビギニングス」、「いったい現実を把握している者はいるだろうか?」や「ぼくらに微笑みを」といったお馴染みの代表曲たちを、ほぼレコード通りに再現するバンド・アンサンブルの確かさもさることながら、個人的には、まだ即興や実験の余地がたっぷりと残された、曖昧な領域にこそ強く惹かれる。

その中心にいたのが、惜しくも早世したテリー・キャス(ヴォーカル&ギター)。豪胆でいて精巧なプレイには定評のあった彼と、乱暴に言えばダニー・セラフィン(ドラムス)との目配せだけで、すべての進行が決まるような、勢い、危うさ、いびつさが窺える最後の時期なればこそ、1971年のシカゴは、抜きん出て美しく、愛おしい。

名作『シカゴ・ライヴ・イン・ジャパン』が吹き込まれた、1972年6月の再来日時には、より複雑な連係を要する新曲群や驚くほど均整のとれた演奏ぶりが披露され、もはや貫録も十分。日本での、今では信じ難いアイドル人気は、ここにピークを成し、のちに「ヴォイス・オブ・シカゴ」とさえ形容されるピーター・セテラ(ヴォーカル&ベース)が、次第に特有の存在感を醸し始めたのも、ちょうどこの頃からであった。

シカゴ・ライブ・イン・ジャパン

それにしても1971年という年は、先のブラッド・スウェット&ティアーズや4月のフリーに始まり、シカゴを挟んで、7月にグランド・ファンク・レイルロード、8月にピンク・フロイド、9月にレッド・ツェッペリン、10月にエルトン・ジョンと、いずれもが、これ以上ない最良の時宜に初めて日本の土を踏み、それぞれに未曾有の伝説を今に残した。果たしてこれは偶然だろうか。何か目に見えない不思議な力によって引き起こされた奇跡としか、私には思えない。こうして日本は、いよいよ生演奏がもたらす恩恵が日常化する、実質的なロック元年を迎えたのである。

【執筆者】伊藤秀世(いとうひでよ):学生時代の1979年より、雑誌への寄稿やレコード・CD等の解説執筆を開始。最新の監修作は、1960年代の英米ガレージ・パンク/サイケデリックのレア・トラックを厳選収録した『ナゲッツVol.2』と『同 Vol.3』(2016年/ワーナーミュージック・ジャパン)。
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