大ファンである長渕剛との出会いと交流-廣道純(プロ車いすランナー)インタビュー

ニッポンチャレンジドアスリート・廣道純(プロ車いすランナー)インタビュー(5)】

このコーナーは毎回ひとりの障がい者アスリート、チャレンジドアスリート、および障がい者アスリートを支える方にスポットをあて、スポーツに対する取り組み、苦労、喜びなどを語ります。

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廣道純(ひろみちじゅん)
1973年、大阪堺市生まれの42歳。高校1年の時、事故で脊髄を損傷し17歳で車いす生活を始める。1994年から世界各国のレースに出場。1996年、大分国際車いすマラソンで日本時初の総合2位に輝き、2004年、日本人初のプロ車いすタンナーに。パラリンピックにも4大会連続で出場。陸上800メートルでシドニーで銀、アテネで銅メダル、北京、ロンドンでも入賞を果たす。現在も現役の車椅子ランナーとして活躍中。

 

 

-廣道には小学生の頃から大好きなアーティストがいる。競技人生を支えてくれているのもそのアーティストの曲だ。

廣道 長渕剛さんの「マイ・セルフ」です。

けがをしてしばらく経ったくらいの時、車いす生活が始まって少し経った時にこの曲が収録されている『ジープ』というアルバムが発売されました。
聴いた時にサビの部分の「だからまっすぐ、まっすぐもっとまっすぐ生きて」というところがあるのですが、本当に「やり直さないかん!」と強く、反省した曲ですね。

-廣道は大の長渕ファン。本人とも家族ぐるみで交流がある。

廣道 テレビ番組で「剛のファンなんです!」ってアピールしたことがあって、それを長渕ファミリーが家族で見てくれていたのです。
そのあとのレースで志保美悦子さんと出会って、悦子さんから声をかけていただいてライブの楽屋に何度か呼んでいただき、挨拶に行くという関係です。

-廣道には、長渕からもらった言葉で忘れられない言葉がある。

廣道 僕がお願いして書いてもらったのですが、色紙に「青春を漕いで漕いで漕ぎまくれ」という書画を書いていただきました。
それをいつもトレーニングするローラーというルームランナーの部屋があるのですが、そこの壁に貼ってそれを見ながら漕ぎまくりました。
会うたびにずっと僕はいつか追いつきますよって言いながら追いかけ続けている。
そんな目標であり、長渕さんのように人を惹きつける人間になりたいと思って追っかけ続けています。

金メダルの報告が出来ていないので、なんとか金メダルを取ったときにおほめの言葉をいただきたいと思います。

 -廣道にこれからの夢を聞いてみた。

東京パラリンピックに出てメダルをとったら引退するというような気はさらさらなくて、長女が6歳、下は3歳なんですけれども、この子たちが成人するまではあと20年近くは現役アスリートとしてプロアスリートとして稼ぎ続けて60歳くらいまでは現役のトップアスリートとしてスポンサー契約を継続させながら活動していきたいと思います。

-改めて、廣道にとって車いすレースの魅力とは?

廣道 僕はけがをするまで、自分が障がい者になるまで車いすのレースがあるというのを知らなかったんですけれども、二本の腕だけでこんなにもスピードがだせるのだという人間の可能性というのも気づかされました。
スポーツに興味のない方も、スポーツに興味があって車いすレースを知らない方にもぜひ、生で車いすレースを見ていただきたい。
これは2020年の東京パラリンピックの前に観て勉強しておいてほしいなって思います。

(4月25日~5月6日放送分より)

ニッポンチャレンジドアスリート
ニッポン放送 毎週月曜~金曜 13:42~放送中
(月曜~木曜は「土屋礼央 レオなるど」内、金曜は「金曜ブラボー。」内)
番組ホームページでは、今回のインタビューの模様を音声でお聴き頂けます。