対戦相手(中国)は普通の選手でした!卓球女子・平野美宇(17歳) スポーツ人間模様

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卓球のアジア選手権女子シングルスで、日本勢として21年ぶり3人目の優勝を果たした、平野美宇が遠征先の韓国からきのう24日、帰国。
リオデジャネイロオリンピック金メダルの世界ランキング1位、丁寧の他、ランキング2、5位を下した。まさに、ミラクル。

「雲の上の存在だったけど、普通の選手でした」

と、自信をみなぎらせています。

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卓球のアジア選手権女子シングルスで優勝し、表彰式で笑顔を見せる平野美宇=2017年4月15日、中国・無錫(共同)写真提供:共同通信社

平野が覚醒したのは、リオデジャネイロオリンピック。2015年9月、この時点での世界ランクは17位で、日本では4番目となって、団体戦代表から落選し、リザーブになった。リザーブの役割は、練習の相手や、ボール拾いなど。出られないくやしさがあった。

リオでのくやしさをバネに、平野はその後のワールドカップで優勝。さらには、もっと強い相手を求めて、中国・スーパーリーグへ乗り込みました。10試合で3勝をあげますが、トップ選手には歯が立たない。自らが肌で感じた世界の壁。パワーの違いを、まざまざと見せつけられたのです。ただ、そこで終わらない。自分が世界のトップに勝るものは何か、と考えた。積極性とスピードです。

17年はその成果を実践するシーズン。1月の全日本選手権決勝では、第1ゲームからエンジン全開で、石川佳純へ挑戦しました。前年の決勝で敗れているだけに、なおさらでしょう。「何をやっても入る。すごいと思った」と石川が完敗を認めるほどの内容。16歳9カ月で史上最年少優勝を果たしました。

3歳から両親の影響で卓球を始めます。抜群の環境が整っていました。祖父・光昭さんは山梨学院大名誉教授の数学者の一方で、山梨医科大の卓球部の顧問をつとめたことがある。また、ご両親は筑波大時代、卓球部の主将を。英才教育を施されたというわけです。そうはいっても、ただ、卓球だけを行っただけではありません。

父は内科医、母が元教師でしつけは厳しかった。挨拶はもちろん。洗濯や炊事など、幼少時から自分のことは自分で、と独立心を養ったというわけでしょう。去年の中国遠征では、出発の際、「私に連絡をしないで」と平野から母の真理子さんへ伝えたほど。精神面が強くなったのも成績とは無縁ではありません。

美宇の名前は、スペースシャトルの打ち上げに感動した両親が、美しい宇宙から命名しました。もっと輝くのは、5月29日、ドイツのデュッセルドルフで開幕する世界選手権です。

4月25日(火) 高嶋ひでたけのあさラジ!「スポーツ人間模様」

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