下吉田ブルートレインテラスで夜行列車気分~小淵沢駅「甲州赤ワインステーキ弁当」(1,300円) 【ライター望月の駅弁膝栗毛】

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急行「はまなす」の廃止をもってその歴史に終止符を打った「ブルートレイン」。
でも、その車両への愛着は今なお大きく各地で車両の保存が行われています。
この駅に保存されているのは、14系客車の「スハネフ14 20」という車両。
日本最初の愛称付き特急「富士」のヘッドマークを掲げてゆっくり身を休めています。
屋根こそありませんが、ピカピカに磨かれた車体は陽光に照らされ、キラキラと輝いています。

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この「スハネフ14 20」があるのは、山梨県富士吉田市の富士急行線・下吉田駅。
客車は「下吉田ブルートレインテラス」という”鉄道とのふれあいの場”として第二の人生を送っています。
富士急行線のきっぷを持っていれば入場可能、テラスだけを訪れる場合は入場料100円が必要。
下吉田駅自体も、おなじみ水戸岡鋭治さんのデザインでリニューアル。
「下吉田倶楽部」というカフェなども入って、訪れるだけでも楽しい駅となりました。

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「富士」は長年、東京と九州を結ぶ寝台特急として活躍しました。
特に東京~西鹿児島(現・鹿児島中央)間を日豊本線経由で走っていた時代は、所要時間が24時間以上。
東京を夕方6時ごろに出発して、鹿児島には翌夕の6時過ぎに着くという、今にしてみれば夢のような列車でした。
しかし、昭和50年代半ばには宮崎止まりに短縮。
平成に入ってからは大分止まりとなって、2009年3月をもって廃止されてしまいました。

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富士山を望みながらのブルートレイン「富士」。
私自身も富士山と東海道線に近いエリアで育ったので、小さい頃から憧れの列車でした。
でも、小さい頃は通過待ちの”湘南電車”から見ているだけで、結局、乗車が叶わなかった列車でもあります。
もちろん「富士」は富士急行線を走った歴史は無く、14系客車が使われたのも最晩年のこと。
それでも丁寧に保存してもらえるのは、ファンにとっては大変有難いものです。

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「スハネフ14 20」は車内も開放されています。
この春で日本の列車からは消滅してしまった「開放式B寝台」がずらりと並びます。
もう、実際の列車でこの車内を体験することは出来なくなりました。

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はしごで上り下りをする2段式寝台。
実際に寝転んで、往年の寝台特急気分を味わっている人も見受けられました。
この「スハネフ14」も元々は「3段式寝台」だった車両。
しかし、需要の減少と居住性アップのために、昭和50年代に2段化改造が行われました。
これが行われた時点から、実は「寝台特急」の衰退は始まっていたのでしょうね。

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車端部には昔懐かしい「冷水器」も。
昔の特急や0系新幹線には、こういった「冷水器」が当たり前のようにありました。
ぺちゃんこの紙コップも懐かしい思い出。
大して喉も乾いていないのに、わざと水を飲んだ記憶がよみがえります。
今のようなペットボトル容器が一般化する前の「時代」なんですよね。

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こんな懐かしいスポットを旅するなら、駅弁の1つも食べなくちゃいけません!
今回は、富士急行線・河口湖駅に週末のみ出店している小淵沢駅弁「丸政」さんから「甲州赤ワインステーキ弁当」をいただきました。
今年1月に行われた京王百貨店新宿店の駅弁大会にも「新作」として登場していた駅弁です。

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蓋を開けると一面の肉厚なステーキに、ミックスベジタブルが華やかに彩りを添えています。
でも、その魅力は「冷めても柔らかいステーキ肉」。
ガッツリ喰らいついても、サッと噛み切ることが出来ます。
「丸政」さんは、駅弁の基本「冷めても美味い」を実現すべく、肉には繊細な心遣いをしている駅弁屋さん。
例えば、カツサンドのカツを”ミルカツ”にしたり、揚げたてにこだわったり・・・。
易しく噛み切れるステーキ肉に「丸政」さんの「優しさ」を感じられれば、この駅弁はさらに美味しく感じられることでしょう。

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そして、やっぱり「富士山」を眺めながら・・・。
景色も「駅弁」を美味しいものにしてくれますよね。

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会社を挙げて古き良きものを守り、新しいサービスを追求している「富士急行線」。
今回は「動かない車両」でしたが、次回は「動く、面白い車両」。
「富士急行線」の面白い列車、まだまだ登場します!

「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
「ライター望月の駅弁膝栗毛」
(取材・文:望月崇史)

【ごあいさつ】
はじめまして、放送作家の望月崇史(もちづき・たかふみ)と申します。
ニッポン放送には、昔の有楽町の社屋の頃から、かれこれ20年お世話になっています。
最近では、月~木・深夜24時からの「ミュ~コミ+プラス」で放送された、
ルートハンター」のコーナーに、5年ほど出演させていただきました。

そんな私がライフワークとしているのが「駅弁」の食べ歩き。
1年間に食べる「駅弁」の数は多い年でのべ500個。
通算でも4500個を超えているものと思います。
きっかけとなったのも、実はニッポン放送の番組。
2002年~05年に放送された「井筒和幸の土曜ニュースアドベンチャー」の
番組ウェブサイトで「ライター望月の駅弁膝栗毛」を連載することになり、
本格的に「全国の駅弁をひたすら食べまくる生活」に入りました。
以来、私自身のサイトや、近年は「ライター望月の駅弁いい気分」というブログで
「1日1駅弁」を基本に「駅弁」の紹介を続けています。
”駅弁生活15年目”、縁あってニッポン放送のサイトで連載させていただくことになりました。
3つの原則で「駅弁」の紹介をしていきたいと思います。

①1日1駅弁
②駅弁は現地購入
③駅弁のある「旅」も紹介

「1日1駅弁」ですので、日によって情報の濃淡はありますが、
出来るだけ旬の駅弁と鉄道旅の魅力をアップしていきますので、
ゆるりとお付き合い下さい。

【プロフィール】

望月崇史(もちづき・たかふみ)望月

1975年12月8日静岡県生まれ。
早稲田大学在学中から、ニッポン放送で放送作家に。
卒業後の2002年「井筒和幸の土曜ニュースアドベンチャー」の番組サイトで始めた
ライター望月の駅弁膝栗毛」をきっかけに、全国の駅弁食べ歩きをスタート。
以来およそ15年、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。
1日1駅弁のウェブ紹介を日課とし、これまでに食べた駅弁は4500個以上。
ニッポン放送「ミュ~コミ・プラス」ルートハンター、鉄道特番などにも出演。
丸の内朝大学・温泉クラスの講師も務める。