あけの語りびと

ひょろっと根が長く味がいい、お客さんに支持される“昔ながらの深谷もやし”を作り続ける飯塚商店二代目「あけの語りびと」(朗読公開)

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

白くて、ひょろっとした子どもを「モヤシっ子」と呼びましたが、最近、モヤシはなんだか太くなったと思いませんか?
いま、全国に流通しているのが「緑豆太(りょくとうふと)もやし」。
1988年に登場した新型のモヤシで、中国産の種で作られています。モヤシ業界にとって、まさに黒船到来でした。

埼玉県深谷市。ここで昔ながらのモヤシを生産しているのが、「飯塚商店」の二代目・飯塚雅俊さん53歳。
ミャンマー産の「ブラックマッペ」という種を使い、ひょろっとして、根が長く、味がいい「深谷もやし」を作り続けています。

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飯塚雅俊さん

「緑豆太もやし」が一袋、十数円なのに対してこの「深谷もやし」は100円以上。

なぜ「ブラックマッペ」にこだわるのか、こんな話がありました。

昭和34年、雅俊さんの父親、英夫さんはモヤシの生産を始めました。
大正生まれで、太平洋戦争 インパール作戦の生き残り!怒るとすぐにビンタが飛んでくる頑固一徹のオヤジでした。
今も忘れられない思い出は、組合の旅行で家族で琵琶湖へ行った時のこと。

「ボートに乗っている時、突然オヤジが俺を琵琶湖に突き落としました。みんなが悲鳴をあげ、泳げない俺は、必死にボートにしがみつきました。オヤジは笑いながら俺を引き上げましたが、しかし何であんなことをしたのか?と思うのですよ」

普通なら「こんなオヤジなんか大嫌いだ!」とグレますが、雅俊さんは強くて頼れる父親を尊敬し、小学生の頃から家業を手伝い、「自分もモヤシ屋になる」と心に決めていました。

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52歳ごろの父・英夫さん

モヤシは、室温が24℃ほどの、真っ暗な「室(むろ)」の中で、1週間ほどかけて作ります。
父親は夜中1時に起きて、出荷の準備。
重労働の上、二十四時間、注文の電話がかかってきます。
でも、天候に左右されず、不作がない。作れば作るほど儲かる商売だったので、雅俊さんも〝もやし屋の坊ちゃん〟として何不自由なく育ちました。

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ところが1988年、あの「緑豆太もやし」が登場します。
頑固な父親は「なんだ、この太いモヤシは! 香りもないし、シャキシャキ感もない、根っこもないじゃないか。安けりゃいい、そんなモヤシなんて、うちは作らん!」と、スーパーの仕入れ担当者の提案を受け入れませんでした。

すると、しばらくして取引先の大手スーパーから突然の取引停止の通告が!
売上がガタ落ちし、1999年にはとうとう赤字に、そして、その3年後の2月の寒い日に父親が脳梗塞で倒れ、長期入院……。
〝もやし屋の坊ちゃん〟だった雅俊さんは、跡を継いで39歳で社長に就任。すぐに会計士を呼んで経営状態を調べると、なんと一億円を超す負債が発覚!
約束手形の期日も迫っていて、まさに倒産の一歩手前でした。

両親の貯金を下ろし、資産を売払い、どうにか負債を精算。
しかし低価格競争には勝てず、深谷モヤシを作れば作るほど、赤字に…
こうなったら廃業しかない。
でも自分は、他に何ができるのか?この先、妻や二人の子どもを養うすべも浮かびません。
悩んだ末、1つだけ、やり残したことを思い出します。

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「深谷モヤシの良さを、お客さんに、直接訴えたことがあるのか?これをやってダメなら、もやし屋を、きっぱり、やめよう。」

雅俊さんは農産物直売所やスーパーの売場に立って
「このモヤシは根っこを取らないで食べてよ〜。栄養もあるし、ダシも出て、根っこがあるほうが、うまいよ〜」
と呼びかけ、試食をしてもらうと、「あら美味しい」「昔のモヤシの味だわ」と好評で、埼玉から東京へ1日何軒も店を回って、お客さんの「美味しい! 美味しい!」と喜ぶ顔を見るうちに「俺には、やっぱりこのモヤシしかない」と奮い立ちます。

適正価格にこだわり、お店から取引を打ち切られることもありました
すると、お客さんが「あのモヤシが欲しいわ!」と、お店に問い合わせ!
今では新宿伊勢丹や横浜高島屋でも「深谷もやし」を販売しています。

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「スーパーの言うことばかり聞いていたら、価格競争に負けて、泣くのはお客さんとモヤシ業者。店に嫌われても、お客さんに支持される!そんな『闘うもやし屋』で頑張っていこうと決めました。」

近頃、琵琶湖での出来事が少し分かりかけてきたと、雅俊さんは言います。
「もがいて、もがいて、必死に頑張っていると、誰かが助けてくれる。それをオヤジは教えてくれたのだと、今になって、思います。」

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2017年4月12日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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