本日3/10はツトム・ヤマシタの誕生日。古希となる。【大人のMusic Calendar】

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Raindog,Stomu-Yamashta

「ツトム・ヤマシタ」という名を初めて目にしたのはいつ頃だっただろうか?
デヴィッド・ボウイ、トラフィック、はたまたクラウス・シュルツェやアル・ディ・メオラなど、英米欧のロックやジャズを夢中になってむさぼっていた大学時代だったと記憶する。たしか、ボウイかトラフィックのスティーヴ・ウィンウッド、その膨大な交流録やセッションワークをディスクガイド片手に寝食忘れて調べ上げていたとき。ふと、70年代西洋ロックのサークルには不釣り合いなこの名前に否が応でも目を奪われた。

「STOMU YAMASH’TA」

当初は“表記ミス”を信じて疑わなかったが、のちに調べてみると、西洋人にとって「TSUTOMU」という発音が困難であることから、「STOMU YAMASHTA」、あるいは「STOMU YAMASH’TA」というちょっぴりミステリアスな綴りになったという。

少し前置きが長くなったが、この「ツトム・ヤマシタ」、日本が世界に誇るマルチパーカッション奏者であり、また作曲家、演出家としてもワールドワイドな名声を得ている、当時では数少ない表現世界のグローバリゼーションをわれわれ日本人に強く意識させたアーティストのひとりなのである。そして、本日3月10日が氏の70歳の誕生日となる。

本名、山下勉。1947年京都生まれ。弱冠17歳でアメリカに渡り、ジュリアード音楽院やバークリー音楽院でクラシック、ジャズの理論を学び、卒業後はベルリン・フィルハーモニー、シカゴ室内管弦楽団といった名門オーケストラと共演。この頃、米タイム誌で「打楽器のイメージを変えた人」と特集されたことで一躍その名を広めることとなった。

71年、武満徹作曲の打楽器協奏曲「カシオペア」のパーカッション・ソリストを、小澤征爾指揮のシカゴ交響楽団との共演で務め、齢24にして誰もが認める打楽器マスターとしての地位を確立。また、ツトム・ヤマシタという類まれな才能と化学反応を起こした武満芸術の本領をみるものとして本公演は世界中から賛美を浴びた。

翌年には、演劇と音楽を融合した芸術集団「レッド・ブッダ・シアター」を組閣。さらに70年代半ばからは、クラシック、映画音楽、演劇の分野にとどまらず、ロックの世界にも進出。「ロック」と一口に言っても、ジャズロック、プログレッシヴ・ロック、ファンク、ジャズ、現代音楽、アンビエント、非西洋音楽など多様なイディオムが渾然一体となった(とはいえ整合性もある)インテグレート型のサウンドプロジェクトであり、76年に『Go』、ライヴ録音の『Go Live From Paris』を挟み、77年に『Go Too』という3作品を発表している。ちなみに、自らのアイデアをバンドメンバーに伝えるため、まず最初にNASAの宇宙フィルムを全員に観せたというエピソードや、またジョージ・ルーカスが氏に『スターウォーズ』の音楽を依頼しようとした、にわかには信じがたい逸話なども残されている。

GO

Go-Live-From-Paris

Go-Too

これら3作品には、前述のスティーヴ・ウィンウッド、アル・ディ・メオラ、クラウス・シュルツェ、さらには、元サンタナ・バンドの辣腕ドラマー、マイケル・シュリーヴ、ハービー・ハンコック率いるヘッドハンターズのベース名手ポール・ジャクソン、5オクターブの歌声を持つ女流シンガー・ソングライター、リンダ・ルイス、エルトン・ジョン作品でよく知られる名ストリングス・アレンジャー、ポール・バックマスターといった、洋楽ファンならば腰を抜かさずにはいられない豪華な面々が参加しているのだから、この「ツトム・ヤマシタ」という東洋のアーティストが国境を越えて世界中のミュージシャンからもいかに厚い支持を集めていたかを証左しているに他ならない。

中でも、『Go』におけるスティーヴ・ウィンウッドの重用には、氏のトータル・コーディネイターとしてのセンスが光っている。スペンサー・デイヴィス・グループ時代から、ブラックミュージック・マナーのソウルフルな歌声やフィーリングでならしたウィンウッドだが、元来ジャズや東洋音階などにも深い理解を示す、そんな自らと同じような視野で表現世界をボーダーレスに捉えることができる側面やポテンシャルを完全に見抜いていたのも事実だろう。

78年、3部作を予定していた『Go On』の制作前に、「すべてのジャンルにおいて自分が最高であると思い込み、その結果、他人の作品がすべてつまらなく見えてしまった。ようするに感動を失ってしまったんです」という言葉を残し、氏は突如日本に帰国。その後は、四国・讃岐地方で産出する石(1,350万年前に噴出した溶岩)を打楽器に用いた「サヌカイト」演奏に比重を置くこととなる。

2017年の現在においては、「ジャパンクール」があまりにも一般的となってしまったが、西洋コンプレックスにまみれていた70年代の日本に対する、ある種のカウンターともなったツトム・ヤマシタのリベラルでどん欲で鬼気迫る表現活動の本質は、「世界から火が点いた逆輸入アーティスト」などという言葉の陳腐さを凌駕してあまりまるデモニッシュなものさえ感じさせてくれる。

【執筆者】小浜文晶(こはま・ふみあき):00年代にHMV入社。2007年からHMVオンライン~現ローチケHMVに勤務。主にジャズ、洋楽ロックのサイトコンテンツ作成やバイイングを担当。和モノにも一家言あり。

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