昭和のテレビ音楽に大きな足跡を残した作曲家宇野誠一郎・本日2/27生誕90周年【大人のMusic Calendar】

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昭和のテレビ音楽の世界に大きな足跡を残した作曲家:宇野誠一郎。2月27日は、彼の誕生日。本日で生誕90周年を迎えることになる。

宇野誠一郎作品集III

いわゆるクラシック分野の音楽家と違い、テレビ音楽の世界で名を成した作曲家には、音楽大学ではなく、一般の大学で学びながら音楽を志した人物が多いのが興味深いところ。生き馬の目を抜くような芸能界に隣接し、常に時流を掴み続ける必要のあるテレビ業界で生き残るには、純粋培養よりも雑草魂が功を奏すといったところだろうか。宇野誠一郎もその一人。テレビ音楽界の重鎮、小林亜星、冨田勲、山下毅雄、小森昭宏、大野雄二、鈴木宏昌らが慶応義塾大学出身であるのに対し、彼は珍しい早稲田大学出身者。文学部仏文科卒という経歴を持つ。実際、音楽評論家:園部三郎に進学先を相談したところ、音楽大学ではなく一般の大学へ行き、見識を広めることを進められたというエピソードも伝えられている。

とはいえ、池内友次郎、齋藤秀雄、安部幸明、平尾貴四男らの名匠たちに作曲、指揮、管弦楽法などを学んだという十分すぎるほどの本格派であり、大学在学中から児童劇団への劇伴音楽の提供を始めるなど、早い時期から着実に作曲家としての経験を積み重ねている。1956年には、NHKにおける人形劇番組の草分けである『チロリン村とくるみの木』で音楽を担当。8年間に及ぶこの番組での音楽制作の経験が、子どものための音楽に対する情熱を培い、かつ、優美で耳優しく、ジャズの香りが漂う小粋なサウンド……という宇野ならではの作風を決定づけていくことになる。

チロリン村とくるみの木

そして、『チロリン村とくるみの木』の後番組として1964年に開始されるのが、おなじく人形劇の『ひょっこりひょうたん島』である。主題歌「ひょっこりひょうたん島」(作詞:井上ひさし、山元護久、作編曲:宇野誠一郎、歌:前川陽子とひばり児童合唱団)が、昭和テレビ音楽史における大スタンダードソングになったことはもはや説明不要だが、劇中でミュージカル風に歌われる歌曲の制作も一手に引き受け、膨大な数の挿入歌を生み出していることも忘れてはならないだろう。翌1965年には手塚治虫原作のテレビアニメ『W3(ワンダースリー)』の音楽を担当。続く『悟空の大冒険』(1967)、『ふしぎなメルモ』(1971)なども合わせ、手塚アニメ全盛期の音楽を冨田勲とともに支えただけでなく、新興フォーマットであった「テレビアニメ」の音楽のあり方そのものに対しても、雛型を提示し、礎を築いた音楽家なのである。

ひょっこりひょうたん島

悟空の大冒険

さらに、1969年に放送されたテレビアニメ『ムーミン(第1作)』から続く「カルピスまんが劇場」枠(後の「世界名作劇場」へと続く、フジテレビ日曜7時半枠の番組枠)の作品群によって、宇野によるテレビ音楽の世界は完成の域に達していく。慈愛にあふれた主題歌「ムーミンのテーマ」に代表される、優しさとユーモアに包まれた歌の数々は、当時、テレビ音楽頒布の主要メディアであったソノシートやドラマ付きレコードなどを通じて、子どものいる多くの家庭に浸透し、親しまれていく。続く、『アンデルセン物語』(1971)、『ムーミン(第2作)』(1972)、『山ねずみロッキーチャック』(1973)でも宇野が音楽を担当していることから、フジテレビ日曜7時半枠のサウンドイメージとして、『アルプスの少女ハイジ』(1974)以降の渡辺岳夫の音よりも、むしろ宇野の音楽世界を強く思い描く世代も、少なからずいるはずである。

ミスターアンデルセン

ところで、日曜日の夜になんとなく感じてしまう寂寥感のことを「サザエさん症候群」などと呼ぶことがあるが、この日曜日独特の「さびしさ」に、宇野の音楽イメージが結びついている人も多いはず。筆者もその一人だ。その理由は、宇野が生み出した「カルピスまんが劇場」の、「ちいさなミイ」、「ムーミンはきのう」、「キャンティのうた」、「ズッコのうた」、「ロッキーとポリー」といったエンディングテーマたちが、美しいほどの物悲しさを醸し出していたからだ。それこそ、陽気なサザエさんが生み出す“ギャップ”が憂鬱を助長する……などという「サザエさん症候群」の理由とは比較にならないほどの、本物の「さびしさ」。この音楽を毎週浴びていた我われにとって、日曜夜の「さびしさ」とは、「休日が終わってしまう…」「明日から学校だ…」といった単純な憂鬱さではなかったのだ。深い夜の闇に落ちる恐怖があり、それでいて、夢へと誘われるような期待感もある。物悲しく憂鬱でありならも、美しくあたたかいぬくもりにあふれているような……。本当に複雑で不思議な気持ちを湛えた「さびしさ」だった。「カルピスまんが劇場」世代の諸兄には、宇野誠一郎の音楽が湛えていた、この「あたたかいさびしさ」を共感してもらえるのではないだろうか。

2003年2月1日のNHK開局50周年記念番組『あなたとともに50年:今日はテレビの誕生日』には元気な姿で出演し、「ひょっこりひょうたん島」の思い出などをにこやかに語っていた宇野誠一郎だが、残念なことに2011年に心不全のため死去している。享年84歳であった。

CDの時代に入って以降、宇野誠一郎のテレビ作品音源は長い間復刻が滞り、気軽に聴くことがむずかしい状態の曲が多く存在していたが、近年、作品集CDなども整いつつあり、今再び、その功績が評価されつつある。ぜひCDを手に取って、あの懐かしき「あたたかいさびしさ」の世界に今一度浸ってみてほしい。

【執筆者】不破了三(ふわ・りょうぞう):音楽ライター 、 CD企画・構成、音楽家インタビュー 、エレベーター奏法継承指弾きベーシスト。10/5発売CD「水木一郎 レア・グルーヴ・トラックス」選曲原案およびインタビューを担当。
ミュージックカレンダー,ニッポン放送,しゃベル

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