1974年に開催された第3回東京音楽祭で金賞を受賞したのはスリー・ディグリーズの「天使のささやき」だった【大人のMusic Calendar】

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天使のささやき,スリー・ディグリーズ

2月17日が“天使の囁きの日”だなんて知っていました? ここで言う“天使の囁き”とは空気中の水蒸気が凍るダイアモンド・ダストのことで、なんでも北海道幌加内町の「天使の囁きを聴く会」が制定したとか。興味のある方はネットなどで調べていただくとして、ここからは“囁き”をひらがなに開いた「天使のささやき」の話をしたい。

「天使のささやき」は、フィラデルフィアの黒人女性トリオ、スリー・ディグリーズが1974年に発表した大ヒット曲(米・第2位)。特に日本では彼女たちが第3回東京音楽祭にこの曲でエントリーし、見事金賞を受賞したこともあって、とてもよく知られた作品でもある。流麗なストリングスを配した、典型的なフィラデルフィア・ソウル・サウンドと、彼女たちのキュートなヴォーカル&ハーモニー。作者はここでのプロデューサーでもあるケニー・ギャンブルとレオン・ハフ、アレンジはボビー・マーティンと、70年代に一世を風靡したフィラデルフィア・ソウルを語る上で欠かせない連中である。

タイトルに“天使”とあっても歌の中に天使が登場するわけではなく、もともとは「愛が戻って来た時」という邦題で、シングル・カットされる際に「天使のささやき」と改題されている。一目惚れとも言える素敵な男性に出逢ったものの、このまま恋人同士になれるのか不安に思っている内容で、「天使のささやき」よりも「天使のとまどい」とした方が歌に合っているかもしれない。1974年当時、イギリスでは第1位に輝いているせいか、この曲をカヴァーしているアーティストを見ると、ブラザー・ビヨンド(1989年/英・第43位)やイレイジャー(2003年)など、比較的イギリス勢が多いようだ。

スリー・ディグリーズはフィラデルフィアのオーヴァー・ブルック高校に通っていた3人の女の子、フェイエット・ピンクニーとリンダ・ターナー、シャーリー・ポーターによって63年に結成され、著名なプロデューサー/ソングライター/マネージャーであるリチャード・バレットのもと、翌1964年にスワンより「私のベイビー」でデビュー。アメリカでは翌65年に第80位まで上がるヒットになる。

グループは当初からメンバーの変動が多かったが、1966年から唯一のオリジナル・メンバーであるフェイエットに、もとはソロ歌手だったシーラ・ファーガソン、ドナ・サマーの友人というヴァレリー・ホリデイの3人に固定(76年にフェイエットが脱退)。ルーレットから発表した「メイビー」(1970年/米・第29位)も、先のK・ギャンブルとL・ハフが設立したフィラデルフィア・インターナショナルにおける「天使のささやき」もこの顔触れによる。なお、シーラは後にソロとして「天使のささやき」をカヴァーしている(1994年/英・第60位)。

彼女たちで興味深いのは、MFSB名義の「ソウル・トレインのテーマ」(1974年/米・第1位)と「愛はメッセージ」(1974年/米・第85位)にもヴォーカルとしてフィーチュアされていること。さらに、この「天使のささやき」よりも先に日本とオランダでは「荒野のならず者」(1974年)がヒットし、同様にイギリスでは「幸せの季節」(1974年/英・第13位)がヒット。なぜかアメリカでは「天使のささやき」が最後のヒット曲になったが、その後も日本を含む各国で活躍。イギリスでは「口づけでおやすみ」(1975年/英・第9位)、「ウーマン・イン・ラヴ」(1979年/英・第3位)などなどがヒットし、ジョルジオ・モロダーやストック/エイトキン/ウォーターマンらとも活動している。

【執筆者】東ひさゆき(あずま・ひさゆき):1953年4月14日、神奈川県鎌倉市生まれ。法政大学経済学部卒。音楽雑誌「ミュージック・ライフ」、「ジャム」などの編集記者を経て、81年よりフリーランスのライターに。おもな著書に「グラミー賞」(共同通信)など
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