I miss you,my friend 加瀬邦彦の遺志を歌い継ぐ 3人のザ・ワイルド・ワンズ 「あけの語りびと」(朗読公開)

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

1966年。旋風を巻き起こした「ザ・ビートルズ」が日本を去ってから数か月後、若者たちは全く新しいサウンドを耳にする。
加瀬邦彦が結成した「ザ・ワイルド・ワンズ」の『想い出の渚』・・・。
想い出の渚
加瀬の12弦ギターが奏でる旋律は、晩秋のリリースにもかかわらず、湘南の夏の太陽と潮風の香りを聴く者の胸に届けました。

舞台の袖ではなく、客席からビートルズを観たい!
この一心から「寺内たけしとブルージーンズ」を脱退した加瀬邦彦は、著書の中に、自ら結成するバンドの理想の形を記している。

*ビートルズと同じ4人編成であること
*全員、ボーカルとコーラスができること
*自分より若い人、できれば十代のメンバー
*アイビーファッションが似合い、清潔感のある人
*人に好感を持たれる人間性
そして・・・*山よりも「海」が好きな人
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 こうして集められたのが「ザ・ワイルド・ワンズ」の3人のメンバーだった。

デビュー曲『想い出の渚』は、50万枚の大ヒットです。
グループは、今年50周年を迎えるが、その品性は今も受け継がれています。

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しかし、肝心な人が足りない!
リーダーの加瀬邦彦は、もういません。

去年の4月20日、自らの命を絶ってしまった加瀬邦彦。
おととしの咽頭がんの手術のリハビリも順調だと信じられていました。
ギターを持って並ぶ復帰のステージを検討しようという矢先のあまりにも衝撃的な知らせでした。

加瀬がメンバーに、病気のことを打ち明けたのは、おととし3月。
銀座のライブハウス「ケネディ・ハウス」で、月に一度行っている定期公演の終了後でした。

実は、ノドの手術をする。4月からのライブは、3人でやってくれ。

メンバーは,毎月のライブの様子をビデオに録画。それを届けた。

ああ、あそこは、こうしたほうがいいなぁ。

といった指示が来るとうれしかった。
加瀬の正確な耳と緻密な構成力に、メンバーは絶大な信頼を寄せていました。

そんな加瀬が命を絶ったのは4月20日・・・。
折しもこの日は、ポール・マッカートニーが日本公演のために再来日した日でした。
マスコミの中には、ビートルズの信奉者である加瀬とポールの来日を関連づけたがる声もありました。
しかし、リーダーの人柄を知り尽くしている鳥塚しげきの解釈は、違います。

あの夜は、4月にしては冷たい雨が降っていました。奥さんは、お父さんの看病のため、九州の実家に帰っていたんです。
そして僕らは、加山雄三さんのハイパー・ランチャーズと一緒に、「ケネディ・ハウス」のライブに出ていました。
『あいつら、元気にやってるよなぁ。俺がいなくても、もう大丈夫だろう。』
加瀬さんは一人ぽっちの淋しさの中で、一瞬、ふっと気を抜いた。
そこを、死の誘惑に狙われたのだと思います    

去年の10月、メンバーのそれぞれの作詞・作曲で、アルバムを作ろうという話が持ち上がったとき、鳥塚の詞は、なかなか出来上がらなかったといいます。
締め切りがギリギリに迫ったとき、ふと気づきました。
そうだ、加瀬さんを追悼する曲を書けばいいんだ。

 『ずっと頼って来たから、また電話してしまった』

最初のフレーズを書き出すと、アッという間に曲ができました。

タイトルは『I miss you,my  friend』

歌っている通り、鳥塚しげきさんは携帯から、加瀬邦彦の名を消せないままでいます。

2016年4月18日(月) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

結成50周年・加瀬邦彦追悼 コンサートツアー

日 程 会 場 お問い合わせ先
2016.4.21 なかのZEROホール 東京労音府中センター 042-334-8471
2016.5.13 習志野文化センター 労音東葛センター 047-365-9911