「五輪記念硬貨」に「二千円札」… ブームを呼んだ、あのお金は今?【ひでたけのやじうま好奇心】

何かと物入りな新年度。
来週の当番組では、聴いただけでトクをする特集企画『お金の達人』をお送りいたしますが…
今日は、ひと足お先に、ちょいと変わった視点から「お金」というものを見つめてみましょう。

題して、「ブームを呼んだ、あのお金は今?」

栄枯盛衰は、世の理(ことわり)…。
硬貨やお札(さつ)──すなわち「お金」の世界にも、流行り廃(すた)りというものがあるんです。

1000yen-Olympic
(Wikipediaより)

まずは、昭和39年(1964年)に登場。
空前の大人気となった、史上初の記念硬貨「東京オリンピック記念1,000円銀貨」

東京オリンピック開催直前の昭和39年10月2日に発行。
1,000円銀貨と100円銀貨の2種類が発行されたのですが、人気を呼んだのは1,000円のほうで、発行された1,500万枚は「即日」のうちに品切れとなってしまいました。

図柄はというと、日本を象徴する「富士山」と、国花の「桜」があしらわれた、ナチュラルなデザイン。
このデザインも、すこぶる評判が宜しくて、その人気に拍車をかけたんです。

じゃあ、コレ、どんな偉いヒトがデザインしたのか? というと…
実は、「一般公募」で決定したんだそうです。
しかも、今回のエンブレムのように、モメてません!
二転三転することなく、関係者一同、「こりゃ素晴らしい!」ってんで笑顔のまんま、スッキリと結着がついたんだそうですよ。
いやホント、いま見ても重厚感があるいいデザインですよね。

さて、評判が良かった「東京オリンピック記念1,000円硬貨」は、大会の終了後もプレミアがつきまして、相場は、右肩上がりに上がり続けました。

二匹目のドジョウ「大阪万博記念硬貨」、三匹目のドジョウ「札幌オリンピック記念硬貨」も発行されて、日本列島は、時ならぬ「記念硬貨収集ブーム」に沸きました。
そして… 迎えたブームの頂点、昭和48年初め。
記念硬貨の元祖「東京オリンピック記念1,000円硬貨」は、なんと、元値の20倍以上!
2万円を超える高値で、取引されるようになったんです。

ところが… その後、記念硬貨収集ブームが終わるとともに、さすがに相場が下がりはじめました。
「日本貨幣商協同組合」が発行している「日本貨幣カタログ」によりますと、「東京オリンピック記念1,000円硬貨」の最近の相場は…

▼完全未使用品・・・10,000円
▼未使用品・・・・・・・5,000円
▼美品・・・・・・・・・・・3,000円
▼並品・・・・・・・・・・・2,000円

…となっています。
ところが…、実は2020年の東京オリンピック開催が決まってから、この懐かしの「元祖」東京オリンピック記念硬貨の値段が、徐々に、上がり始めているんだそうです!
実際、ネットオークションでは、美品状態のものが、4,000円から5,000円という高値がつくことも。
もしも「そういやタンスの中にしまってあるなぁ…」というヒトがいたら、もう少し寝かせておいたほうがいい… かもしれませんよ。

続いては、昭和57年(1982年)に発行、当時の小学生たちの人気を呼んだ「500円玉」
オトナたちの思惑とは裏腹に「メダルみたいでカッコいい!」などと、チビッ子に引っ張りダコでした。
でも、いまや、その姿を見かけることは、ほとんど、なくなってしまいました…。

「えっ? 500円玉なんて、珍しくもなんともないじゃないか!」

… そう思うかもしれません。
でも、財布の中の500円玉を、ためつすがめつ、よ~く見てみてください。
「平成○○年」と刻印されていませんか?
「500」という数字のゼロのところに、「500円」という“透かし”が入っていませんか?

500yen-old&new
yahoo知恵袋より)

…そうなんです。
実は、昭和57年当時に発行されてブームを呼んだのは「旧500円玉」でして、今や、ほぼ絶滅状態!
平成12年(2000年)に発行された「新500円玉」に、取って代わられているんです。
「旧500円玉」は、500円玉50枚の中に1枚まじっているかどうか、という割合なのだそうです。
ではなぜ、絶滅危惧種となってしまったのか。
実は、おとなり、韓国の「500ウォン」(※50円ほどの価値)とソックリだったせいで、自販機やコンビニで偽造事件が頻発したからなんです。

では、懐かしの「旧500円玉」の大半は、いま、どうなっているのでしょうか?
なんと、片っ端から、溶かされています!
そして、同じ白銅でできている「100円硬貨」や「50円硬貨」にリサイクルされているんです!

最後に、平成12年(2000年)に発行された、悪名高き(?)「2千円札」の「その後」にスポットを。

2000yen
(Wikipediaより)

小渕政権の目玉といたしまして、発行される運びとなった「2千円札」
実際に発行されたのは、森政権のときの2000年7月19日でした。
最初の年は、なんと「7億7千万枚」、最終的には、合計「8億8千万枚」も刷られました。

ところが… 2003年を最後に、ただの一枚たりとも、刷られていません。
いまや、紙幣全体の割合では、わずかに0.7%。
お目にかかる方が珍しい… という状態になってしまいました。

では、なぜ、こんなにも、人気がなかったのでしょうか?
「自販機やコインパーキングで使えなかったりする」などなど原因としては、諸説あるんですが…
興味深いのは、こういう説です。
ズバリ!「日本人の感覚では、2のつく紙幣は馴染まない」というんです。
たとえば、アメリカですと昔から「20ドル札」がありますが、確かに日本にはなじみが薄い。

ところが、面白いことに、なぜか圧倒的に「二千円札の人気が高い県」があるのをご存じでしょうか。
それは、ズバリ… 「沖縄県」
なんと沖縄県では、二千円札の流通量が4000万枚を超えていて、国全体の約半分近くを占めているんです。
絵柄として、沖縄の人々の誇り、「守礼門」が描かれている… というのが、人気の秘密のひとつ。
さらに、沖縄の人々、とくにお年寄りの方は、本土復帰前、アメリカの20ドル札を使っていましたから、「2」のつく紙幣に、それほど抵抗感がない… とも言われている。

~貯金箱やタンスの中身を確かめてみるのも一興かもしれません。
「ブームを呼んだ、あのお金は今?」でした。

4月13日(水) 高嶋ひでたけのあさラジ!三菱電機プレゼンツ・ひでたけのやじうま好奇心」より