世界最強の「モンスター」井上尚弥を成長させた、5階級王者・ドネアの凄さ

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。本日は、11月7日、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)決勝戦で判定勝ち、バンタム級最強王者の称号を手にした、井上尚弥選手にまつわるエピソードを取り上げる。

世界最強の「モンスター」井上尚弥を成長させた、5階級王者・ドネアの凄さ

WBSS制覇から一夜明け、アリ・トロフィーを掲げる井上尚弥=2019年11月8日 横浜市 写真提供:産経新聞社

「ドネア選手、めちゃくちゃ強かったです……。皆さんの期待通りのファイトは、全然、できていなかった。きょうドネア選手と戦えたことは、本当に自分のキャリアでいちばんの経験だと思っています」(井上尚弥)

7日、さいたまスーパーアリーナで行われた、バンタム級の世界最強王者を決めるWBSS決勝戦。「モンスター」の異名を取る、WBA・IBF世界王者・井上尚弥(26)の新たな伝説を目撃しようと、会場は2万2000人を超す観客で埋まりました。

並み居る世界の強豪ボクサーたちを、次々と早いラウンドでマットに沈め、世界でも注目の存在となったモンスター・井上。WBSSでも優勝候補の筆頭で、今回も「井上が早い回でKO勝ちする」という予想が多かったのですが、今回の相手は老獪でタフな難敵でした。

井上を苦しめたのは、キャリア20年のWBA世界スーパー王者、ノニト・ドネア(36・フィリピン)。井上より10歳も年上ですが、百戦錬磨のキャリアを誇り、これまでに5階級を制覇。フェザー級で戦っていましたが、今回の試合のために階級を2つ下げて臨みました。

適正体重のバンタムでは無敗で、下の階級から上げて来た井上にとっては、これも気になるデータでした。

ドネアの武器は一撃必殺の「左フック」です。2007年のIBF世界フライ級タイトルマッチで、当時無敗だった王者を、左フック一撃で倒し初戴冠。無名だったドネアは、この勝利を皮切りに次々と世界王者たちからベルトを奪い、5階級制覇を成し遂げたのです。

一方、井上の武器は「右ストレート」ですが、ドネアは右ストレートで攻めて来た相手に、カウンターで左フックを食らわせるのが得意。「甘く見ていると、モンスターでもやられるぞ」と危惧する声もありました。

その左フックが、早いラウンドで炸裂します。ドネアは積極的に前に出て、ハードパンチを連発。硬さもあったのか、井上は主導権をドネアに握られる展開に。2R、ドネアの左フックが井上をとらえ、右目上部から出血。

「左フックをもらってから12Rまで、ドネアが二重に見えていました」と、試合後の会見で告白した井上。流血で右目がふさがってしまい、切り札の右ストレートも打てない状態に追い込まれたのです。しかし、ここからが井上の非凡なところ。有効なポイントを確実に稼ぐ方針に切り替え、中盤から徐々にドネアを追いつめて行きました。

11R、井上が強烈なボディを見舞ってついにドネアはダウン。10カウントのようにも見えましたが、ドネアは何とか立ち上がり、試合は最終12Rへ。結局、ドネアをKOすることはできませんでしたが、このダウンが大きくものを言い、判定は3-0で井上が優勝。

井上は、世界最強王者の証しである「ムハマド・アリ・トロフィー」を獲得し、WBAバンタム級スーパー王座を統一&3度目の防衛を果たすと同時に、IBF王座の初防衛に成功しました。

「尚弥にパンチが効いたシーンは初めて見た。お客さんは喜んでくれたと思う。俺は面白くなかったけど……」(大橋ジム・大橋秀行会長)

そう言って報道陣を笑わせた大橋会長。井上に先制打を食らわせ、最後までモンスターを苦しめたドネアに「健闘」と言うのは失礼ですが、「10歳も若い井上相手に最後まで倒されず、一時は追いつめた。やはりドネアは凄い」と感嘆する声も。

最後のゴングが鳴った瞬間、観客がスタンディングオベーションで両者を讃えたことは、この決勝戦の中身がいかに濃かったかという証明でもあります。

一方、ドネアも試合後「井上は真のチャンピオンだ。いままで、自分のパンチを食らって、あれだけ耐えられた選手はいなかった」と井上を賞賛。

井上自身が会見で「ドネア戦はいちばんの経験」と語ったように、これだけタフなレジェンドボクサーを相手に、右目を切りながら判定で勝てたことは、ボクサーとしての引き出しを増やす上でも大きな意味がありました。「ドネアがモンスターをさらに強くした」ことは間違いないでしょう。

さて、これで注目は「次なる相手」です。試合後、井上は、米国の大手プロモーター・トップランク社との複数年契約締結を発表。今後、米国で2試合を行うことを明らかにしました。

この先、井上との対戦が予想されるバンタム級の強豪は、1R・11秒KOという世界戦最短KO記録を持つWBO王者のテテ(南アフリカ)や、井上の弟・拓真に勝ってWBC王座を守ったウバーリ(フランス)らの名前が挙がっています。

「どんな景色が待っているのか楽しみ。来年(2020年)からの厳しい戦いに向けて、少し休んでから、練習に精進したい」(井上)

これから4団体統一戦に向かうのか、いずれにせよ次戦は来年になりますが、モンスターが米国のリングでどんな成長を遂げるのか、どんな難敵が立ちふさがるのか、いまから楽しみです。

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