戦前から家族経営を続け、今も様々なお客さんたちに親しまれている、築地の老舗食堂 【10時のグッとストーリー】

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築地市場のすぐ近く、晴海通りを勝鬨橋方面に進み、ちょっと路地を入ったところにある「多け乃食堂」。
のれんをくぐると、1階には5席ほどのカウンターと、団体用のテーブル席があり、壁には所狭しとメニューが貼ってあります。

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一番上の段には「カツ丼」「野菜炒め」「オムレツ」「ポテトサラダ」など、いかにも定食屋さんのメニューが並んでいますが、その下には、「まぐろ」「あじ」「かます」「ほうぼう」「かわはぎ」…その日市場で仕入れた魚の名前が、たんざくに手書きでズラリ。

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値段は書いてありませんが、かなり良心的。お好みで刺身や塩焼き、煮付けにしてくれます。

「大将、きょうは何がおススメ?」「カレイのいいのがあるよ!煮付けに最高だよ!」

お客さんとそんな会話をしながら厨房に立っているのが、モヒカン刈りがトレードマークの曾野田啓祐(そのだ・けいすけ)さん・49歳。

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「行きつけの散髪屋で、ベッカムヘアにしない?と言われて、以来この頭です(笑)」

この「多け乃食堂」は昭和15年、曾野田さんのおじいさんが今の場所に創業。
「たけの」はおばあさんの名前で、今年で開店して76年になる老舗です。
曾野田さんは、お父さんの跡を継いだ3代目で。
1階と2階でおよそ40席ある食堂を切り盛りするのは、曾野田さんのお母さん、そして奥様と長男、さらに弟さん夫婦と伯父さんと、まさに「家族経営」。
人件費があまりかからない分、おいしい新鮮な魚を、安くお客さんに提供できるわけです。

曾野田さんによると、日中は築地市場で働く人たちがお昼を食べに来て、夜になると魚を食べながら一杯・・・というお客さんでにぎわうそうです。

「昔は築地周辺の人だけでしたが、ここ最近は、わざわざ銀座・丸の内から来るサラリーマンのお客さんが増えましたね。グルメサイトを見て来る人も多いです」

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「多け乃食堂」の看板メニューは「魚の煮付け」。
味の秘密は、お父さんの代から受け継いできた、真っ黒な煮汁(にじる)にあります。

「うちの煮汁は、何年も何年も、継ぎ足し、継ぎ足しで使ってきたものなんです。使っているのは醤油と酒と砂糖だけなんですがこれでいろんな魚を煮てますからね。魚好きのお客さんに好評で、この煮汁をかけたご飯をツマミにお酒を飲む人もいるんですよ」

そんな年季の入った多け乃食堂を、曾野田さんが継いだのは8年前のこと。
実はこの年の夏、お父さんが登山中の事故で、突然亡くなったのです。

「若い頃からずっと店を手伝ってましたし、いつか自分が継ぐと思ってはいましたが、あまりに急なことで茫然としました。その頃はまだ、魚の仕入れのことも店の経営もよく分かっていませんでしたし、これからどうしたらいいんだろうと…」

途方に暮れていた曾野田さんを救ってくれたのが、築地の人たちでした。

「多け乃食堂の息子が大変だ。みんな、手を貸してやってくれ!」

町内会の人たちは、曾野田さんが子供の頃から、まるで家族同様に接してくれた人たちばかり。
「お前のオヤジは、こうやって仕入れをしていたぞ」
「客商売はな、こうやってやるんだよ」
みんな自分のことのように心配して、世話を焼いてくれました。

「築地の人たちは、昔からおせっかい好きなんですけど、本当にありがたかった」

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そう語る曾野田さん。
店を継いで8年、おじいさんの代からの伝統を受け継ぎつつ、夜、お酒を飲みに来るお客さんが増えたことで、東北地方の地酒を仕入れるようにしたり、居酒屋系のメニューを増やしたり、独自の色も出すようになっていきました。

しかし、亡きお父さんがいつも言っていた、大切な言葉は常に肝に銘じています。

「信頼を築くのは時間がかかるけれど、失うのは一瞬だぞ!」

つまり、お客さんに出す料理は、ぜったい手を抜いてはいけないということ。

「せっかく築地に来てもらったからには、まずいものは出せないですね。最高の味を味わって帰ってもらいたい。だからいつも料理には全力投球です」

最近は、評判を聞いて家族連れでやってくるお客さんもいるそうですが、

「子供は正直だからね、美味しくないものを出すとすぐ分かる。その子たちが『おいしいね〜!』と笑顔を見せてくれると、もうガッツポーズですよ」

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築地市場は、今年11月に豊洲へ。
ですが築地の街を愛する曾野田さんは、豊洲に移らず、現在の場所で今後もずっと商売を続けていくそうです。
築地の人たちのため、そしてお客さんの笑顔を見届けるために・・・

【10時のグッとストーリー】

八木亜希子 LOVE & MELODY 2016年3月5日(土) より

八木亜希子LOVE&MELODY