報道部畑中デスクの独り言

伝統のビッグネーム「スカイライン」が意味するもの

「報道部畑中デスクの独り言」(第144回)では、ニッポン放送報道部畑中デスクが、7月16日に日産本社ギャラリーで展示された、新型「スカイライン」について解説する。

新型スカイラインは運転支援技術「プロパイロット2.0」が目玉だ!

カルロス・ゴーン前会長をめぐる一連の事件や検査不正問題、ルノーとの提携問題などが響き、業績が大変厳しい日産自動車ですが、その決算発表に先立ち、歴史あるビッグネームが衣替えをしました。7月16日、横浜の日産本社ギャラリー、ステージでは真紅と純白のスカイラインがベールを脱ぎました。

「スカイラインには、日産のモノづくりに対するプライドが込められている」

発表会でスピーチした星野朝子副社長は、自らが免許を取得して初めて乗ったクルマがスカイラインだったと個人談を交えながら、思い入れを語りました。

エンブレムは「インフィニティマーク」から「日産マーク」に変更

今回のハイライトは、自動運転につながる運転支援技術「プロパイロット」の進化版、「プロパイロット2.0」を搭載したこと。

以前お伝えしたように、このシステムは高精度の3次元地図データなどが、カーナビゲーションと連動した技術。高速道路の同一車線で一定の条件の下…ドライバーが状況に応じてすぐにハンドルを確実に操作できる状態であれば、「手放し運転」ができるというものです。“世界初”のシステムで、日産によれば自動運転のレベルで「レベル2とレベル3の間」となります。

新車らしい新車を長らく出さず、「国内軽視」と言われても仕方のない姿勢で、国内市場でシェアをじりじり下げて行った昨今の日産。今年(2019年)春には軽自動車の「デイズ」を一新し、巻き返しを図っていますが、今回は最先端技術を搭載した車種の投入。月200台という少量生産ではありますが、国内市場活性化の「起爆剤」にしたい考えです。

スカイラインにかつてついていた「インフィニティ」マーク

発売は来月9月から。その間に新システムに関する販売店への研修を行うのだとか。試乗の機会が待たれます。

システム搭載車は約547万円から。結構な値段ですが、関係者によると、これでも“バーゲン価格”。システムの原価は販売価格上乗せ分の、ざっと3倍と話します。

今回のスカイラインには最新技術だけでなく、目に見える変化がありました。まず、これまで車両の前後に着けられていたエンブレムが、「インフィニティ」から「日産」に戻ったこと。2014年にフルモデルチェンジしたスカイラインは、海外向けの「インフィニティQ50」と同じ仕様であることから、当初「インフィニティ」のエンブレムがつけられていました。

室内は大きな変更はなし 中央のツインディスプレイもそのまま

CMコピーは「スカイライン上陸」。その後、ダイムラー製のエンジン搭載車も追加され、「もはやスカイラインは日本のクルマではなくなった」「いずれスカイラインの車名も消えてしまうのではないか」…当時はそんな声も聞かれたものです。今回はその他、「ケンメリ」「ジャパン」と呼ばれたころのアイデンティティだった「丸テール」も復活しました。

「これが日産の答えです」

星野副社長はスピーチの最後をこのように締めましたが、最新技術の搭載もさることながら、日産らしさは何か…それに対する回答にも感じました。

62年間生き長らえて来た、このビッグネームの意味するもの…一言で言うと私は「反骨精神」であると思います。スカイラインは1957年に初代が登場、当時はプリンス自動車工業の車種として生を受けました。プリンス時代の2代目スカイラインが日本グランプリで1周とは言え、無敵のポルシェを抜いた快挙は「スカイライン伝説」と呼ばれました。

スカイラインは1957年、プリンス時代に初代がデビュー

1966年に日産とプリンスが合併した後も、「日産スカイライン」として5ナンバーの小型乗用車市場で人気を博します。3代目「ハコスカ」、4代目「ケンメリ」、5代目「ジャパン」、6代目「ニューマン」…それぞれの代には必ずと言っていいほど愛称がつけられました。

こうした話は多くのメディアで取り上げられているので敢えて記しませんが、「ミスタースカイライン」と言われた名エンジニア、桜井真一郎さんの存在はいまも語り草になっています。

しかし、スカイラインは日産のなかでは「傍流」とされて来ました。開発拠点が厚木に集約される前、その場所から日産は「鶴見系」、プリンスは「荻窪系」と呼ばれ、車種も「ブルーバード」「サニー」の“日産本家”に対し、「スカイライン」などの“旧プリンス系”…販売会社も合併後20年にわたり、日産系とプリンス系は別組織になっていました。

「ケンメリ」の愛称で親しまれた4代目

小さいころは友人の間に「ブルーバード派」「スカイライン派」があったのを思い出しますが、スカイラインの位置づけは子供心に感じるものがありました。ただ、共存共栄の時代はそれぞれが個性を磨き、自動車市場を盛り上げて来たことも事実です。そして高性能なファミリーカーとしてスカイラインは孤高の地位を築きます。

しかし、日産の業績不振が長引くにつれ、幸福な時代は終わりを告げます。「セダン離れ」の時流もあり、ゴーン体制になって多くの車種が整理、改名されるなか、“日産本家”のロングセラーカー、ブルーバードやサニーの車名も消えました。

スカイラインも一時は年間17万台を超える販売を記録したこともありますが、最近は年間2,570台(2018年 日本自動車販売協会連合会調べ)。何度も存続の危機が取り沙汰されました。10代目から11代目にモデルチェンジされたときは、型式が「R34」から「V35」となり、モデルの系譜が変わりました。

「ニューマン」の愛称がつけられた6代目

V35型は「XVL」という名前で1999年の東京モーターショーに出品、当初全くのニューモデルとして開発されていましたが、ゴーン体制になって、新型のスカイラインとして方針変更されたと言われています。クルマの性格は大きく変わり、賛否は分かれましたが、いずれにせよ車名は残ったわけです。

そして、前述のように2014年の13代目(V37型)になって、「いよいよスカイラインも…」と心配する声もありましたが、今回、最新技術に日産エンブレム、丸テールを取り戻し、何とか踏みとどまった感があります。

スカイラインは日産復活の「象徴」となるか?

年間17万台売れた時期に比べると、販売は遠く及びませんし、価格も手の届かない所に行ってしまったという印象が強いのですが、これまでの歴史をひも解くと、やはりスカイラインには「反骨精神」という言葉がしっくり来ます。「反骨精神」…世の中の不正や因習などに果敢に立ち向かって行こうとする気概…これこそが現在の日産に求められるものかもしれません。

「スカイラインは捨てちゃいけないでしょう」…こう話すのは星野副社長ですが、関係者はスカイラインを日産復活への象徴にしたいと考えているのではないか…と言えば、少々美談に過ぎるでしょうか。

それにしても「ダットサン」といい、「スカイライン」といい、ブランドや車名を守り育てることはかくも難しいことか…。(了)

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