「将来デフィオに入りたいんだ」聴覚障がいを持つ子たちの目標となるチームにすることが私の夢です。 【泉洋史(バルドラール浦安デフィオ監督兼選手) インタビュー】

【ニッポンチャレンジドアスリート】
毎回一人の障がい者アスリート、チャレンジドアスリート、および障がい者アスリートを支える方にスポットをあて、スポーツに対する取り組み、苦労、喜びなどを伺います。

14449917_1088220724594219_2426264253887500734_n

泉洋史(いずみ・ひろし)
1986年、東京生まれの29歳。東海大学を卒業後、教員をしながらFリーグ所属のフットサルチーム「バルドラール浦安」の下部組織で選手を目指していましたが、指導者の道へ。2014年「バルドラール浦安デフィオ」を立ち上げ、監督兼選手に就任。結成1年で、千葉県フットサルリーグ3部に昇格。「障がいがあってもできる」をコンセプトに、さらに上を目指している。

―フットサルの日本最高峰・Fリーグ、その強豪チームの一つであるバルドラール浦安で泉はフットサルのプロ選手を目指していた。

 2軍で2年間所属してプレーしていたのですが、3年目どうするかという時に「難しい」という話をされました。

―プロ選手になる、という夢が閉ざされてしまった泉。だが、チームからこんな誘いを受けた。

 聴覚障がい者のフットサルチームのアシスタント・コーチとして関わってみないかという提案をいただきました。聴覚障がい者のフットサルチームを作るということは次の自分の挑戦に活きると思い、その話を受けました。

―チームを立ち上げるにあたっては、自身も聴覚障がい者であり、現在、東日本ろう者サッカー協会の植松隼人の存在も大きかった。

 大学に行っている時に特別支援の教員の免許をとる勉強をしていましたが、そこで聞こえない友人ができて、手話というものを知りました。そして手話とフットサルが結び付く障がい者のフットサルの存在を知り、植松くんと出会いました。

―チーム立ち上げにあたってまず始めたこと、それは植松も交えてのチームのコンセプト作りだった。

 チームの狙いとバルドラール浦安にそのチームを作ることの意味を二人で話し合いました。もともと自分たちでチームを作ろうと思っていたのですが、その話を彼がスタッフに話をした時に、「浦安でやってみないか」と提案していただきました。練習場の共有もできますし、日本で最高峰のFリーグに所属しているクラブの中に聴覚障害のチームができるということは発信力があると思い、お願いすることにしました。

―チーム名は「バルドラール浦安デフィオ」と決まった。

 「デフ」は英語で聴覚障がいという意味で、「サフィオ」はスペイン語で挑戦という意味なのですが、その二つを合わせて「デフィオ」というチーム名を決めました。名前を考えていた時にこのチームは何をしたいのかというと挑戦することだったので「サフィオ」という言葉が見つかり、語呂もよかったので「デフィオ」というチーム名を考え、納得していただきました。

―聴覚障がい者中心のフットサルチーム、バルドラール浦安デフィオを立ち上げた泉、どのように指導を行っているのだろうか。

 まずは手話を使って伝える、見てもらって動きで伝える。あとは映像を使って動きを明確に伝わるように共有をしています。チームで共有したいことを映像に字幕を入れて共有しています。

―手話は独学で覚えたという泉。試合中は選手たちとどのように意志の疎通を図っているのだろうか。

 手話でやっています。そこが難しい所です。聞こえていればプレーしながらでもコミュニケーションできるのですが、僕たちは見ないと伝わらないので、プレー中のコミュニケーションが難しいです。いつ、コミュニケーションするのかというとボールが出た後瞬間に手話をします。あとは相手が後ろにいるとか、自分たちが落ち着いてボールを持っている時などに見合ってコミュニケーションを取っています。

―千葉県フットサルリーグに加入したデフィオ、あえて健常者のリーグに参戦した理由とは?

 聴覚障がいの選手が健常者のチームに入ってコミュニケーションとれなくて続かないということがよくありました。でも、デフィオは手話を使ってゼスチャーやアイコンタクトを使ってコミュニケーションができる。映像を使ってしっかり情報を伝えることができる。聴覚障がい者だけれど思い切りフットサルを頑張りたいという人たちが、健常者のリーグで戦えるということを証明したいという思いから千葉県の健常者のリーグに参戦しました。

―耳が聞こえないハンデを補うため、どのように戦うのか。

 審判の笛も見ないとわからないのです。プレーが切れた時に、例えばコートの外に出てキックインになるとか、ファールになって、そこからフリーキックになるという時のセットプレーのところで自分たちの準備が遅くなってやられてしまうということがかなりありました。そのために今は、常に準備をする…ファールがあった、止まった…という時もすぐに周りを見て準備をするということを意識してトレーニングしています。

―泉が監督を務めるフットサルチーム、バルドラール浦安デフィオには聴覚障がい者のフットサル、デフフットサル日本代表の選手も多い。代表チームとデフィオのエキシビジョンマッチなど、競技の認知度アップのため泉が関わるイベントも多い。

 聞こえないということは体感してもらうのが一番なんです。自分たちがやっているフットサルのイベントでも耳栓をつけてもらってやってもらいます。そうすると足音が聞こえなくて距離感もわからなくなります。そういうことを体感してもらうことでデフフットサルを理解してもらうことをイベントなどでしています。

―今年4月、日本サッカー協会の関連団体として日本障がい者サッカー連盟が新たに発足した。聴覚障がい者による日本ろう者サッカー協会もその中に加わったがそのことで今後どんなメリットが生まれてくるのだろうか?

 他の障がい種のサッカーの団体とのつながりが持ちやすくなったということは感じます。実際、ろう者のサッカーの日本代表が知的障がいのサッカー日本代表とエキシビジョンマッチをやるということがありました。一つの障がい種のサッカーイベントではなくていろいろな障がい種のサッカーが関わるという機会が増えたという実感はあります。

―聴覚障がい者の間にフットサルを広めていく上で今後の課題とは何だろうか?

 ろう学校の中にはバレーとかドッヂボールとか野球とかはありますが、基本的にサッカー部はないんです。バレーや野球は動く範囲がセパレートされていて攻守もはっきりしている。でもフットサルの場合は入り乱れて攻守も激しく変わるので、取り組みにくいスポーツなのです。その点がろう学校の中では発展していかないところだと思います。しかし、やりたいというニーズは感じていて、ろう学校にフットサル教室に行くと子供たちが集まってきます。子供にフットサルは面白いんだということをわかってもらい、親御さんたちにも理解していただければと思います。

―聴覚障がい者中心のフットサルチーム、バルドラール浦安デフィオの選手兼監督として泉の将来の夢、目標とは?

 このデフィオというチームがもっと上のカテゴリーに上がって、みんながデフィオと言ったら「手話を使っているチームね」とみんなが知ってくれて聞こえない子たちが「将来デフィオに入りたいんだ」という気持ちになってくれるような目標となるチームになることが私の夢です。

―泉にとってデフフットサルの魅力とは?

 ジェスチャーとか手話を見るだけでも、「こうやってコミュニケーションとっているんだ」ということが面白いですし、攻められた時に打ち合わせたかのようにでフェンスできた時は気持ちいいですし、こういうところを観てもらいたいですね。

(2016/9/26~9/30放送分より)

ニッポンチャレンジドアスリート
ニッポン放送 (月)~(金) 13:42~放送中
(月)~(木)は「土屋礼央 レオなるど」内、(金)は「金曜ブラボー。」内)
番組ホームページでは、今回のインタビューの模様を音声でお聴き頂けます。