『ニッポン放送開局記念日スペシャル』 約17時間の生放送、無事終了!

「おかげさまで65周年 “あなたとROCK&GO!”」
同時開催の「ニッポン放送グッズ展」も大反響

ニッポン放送では、開局記念日となる7月15日(月・祝)朝5時から、約17時間にわたって『ニッポン放送開局記念日スペシャル「おかげさまで65周年“あなたとROCK&GO!”」』を生放送。松任谷由実など豪華ゲストの生出演やビートたけしをはじめ、さまざまな新旧パーソナリティのお祝いコメントなど、65周年記念特番にふさわしい内容を放送した。また、イマジンスタジオで開催したニッポン放送グッズ展には1,000人を超えるリスナーが来場し、それぞれが持ってきたニッポン放送グッズを話題にリスナー同士が交流するなど、大反響のイベントとなった。

ニッポン放送では、2019年7月15日(月・祝)の開局記念日当日に、開局65周年を記念して約17時間の特別番組を生放送した。ニッポン放送のこれまでの65年間の歩みを「ニッポン放送ヒストリー」と題し、時系列でプレイバックしたほか、ニッポン放送の新しい取り組みを紹介。また、「私とニッポン放送」をテーマに、50組を超える新旧パーソナリティからのメッセージをオンエア。リスナーからも数多くの思い出のエピソードや、お祝いメッセージ、エールが寄せられた。

5時から9時までの「ニッポン放送ヒストリー~1950年代・1960年代・1970年代編~」では、朝5時台の生放送ゲストに開局3年目の1957年にアナウンサーとしてニッポン放送に入社した東海林のり子が登場。当時、結婚前に付き合っていた夫へのデートへの合図として、番組中の時報告知にて「まもなく午前6時です」というところを、「まもなく(間)午前6時です」と間を空けて、先輩からの誘いでデートできない、という合図を彼氏に送っていたという携帯電話がない時代ならではのエピソードを披露した。

続いて、6時台には朝の生放送を合計30年以上担当した高嶋ひでたけが生出演。1965年にニッポン放送に入社した高嶋ひでたけは入社当初はスポーツ部のアナウンサーだったが、「オールナイトニッポン」への興味が高まり、当時の編成局長に直談判。「ショウアップナイター」のスポーツアナウンサーと「オールナイトニッポン」のパーソナリティの掛け持ちをすることになった。掛け持ちのスケジュールはさすがにきつく、「ショウアップナイター」の実況中に居眠り事件を起こしたこともあったとの話が飛び出した。

7時台は1970年代の音楽番組にスポットをあてた。大石吾郎がDJを担当し、1971年から1986年まで放送した番組「コッキーポップ」を紹介。「コッキ‐ポップ」はヤマハのポピュラーソングコンテスト(ポプコン)で入賞した曲を中心に、ポプコン出身者をゲストに迎えた音楽番組で、特別番組にコメントを寄せた大石は、「ポプコンと番組を通じて、シンガーソングライターを発掘し、ニューミュージックブームを作り、多くの才能に出会えたことに感謝したい」と語った。

8時台は中島みゆきからの手紙を上柳昌彦アナウンサーが朗読。「中島みゆきのオールナイトニッポン」の最終回のエピソードが語られた。

9時から午後1時までの第2部は「ニッポン放送ヒストリー~1980年代・1990年代・2000年代編~」。9時台には萩本欽一がニッポン放送「欽ちゃんのドンといってみよう!」(1972年~1979年)から大人気テレビ番組「欽ドン」につながったエピソードを披露。10時台のゲストに笑福亭鶴光が登場!下ネタのおかげで、学校では聴いちゃいけない番組と指定されるほどの反響だった「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」の話題から、2代目アシスタントの田中美和子が番組内で漢字を数々を読み間違えるなどの失敗を、鶴光がツッコみ大人気番組となった「鶴光の噂のゴールデンアワー」の思い出を語った。

11時台、12時台には「ラジオビバリー昼ズ」でもおなじみ、高田文夫が生登場。「ラジオビバリー昼ズ」が始まった頃、前の番組で「玉置宏の笑顔でこんにちは!」があり、玉置宏さんから芸について、いろいろ教えてもらったそう。玉置さんから「機嫌の良いのが良い芸」と教えてもらい、また、「スタジオではスリッパを履いてリラックスして話した方がよい」と、玉置さんの番組が最終回を迎えた後に、スリッパを譲り受けたエピソードが披露された。同時間帯は、ビバリーファミリーの松本明子、東貴博、春風亭昇太、松村邦洋、磯山さやかもお祝いコメントを寄せた。

13時から17時までの第3部は「特集企画篇」。13時台は「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」を特集。1975年、初代パーソナリティを務めた萩本欽一の当時の貴重な音源や2011年にパーソナリティを務めたゆずの有楽町駅前での生演奏の模様がオンエアされた。

また、2006年、21歳の時と2014年、29歳の時の2回にわたりパーソナリティを務めた上戸彩は「本当に私がみなさんから元気とパワーをもらう24時間でした」と振り返り、「ラジオ・チャリティ・ミュージックソンがこれからもずーっと続いていきますように」と語った。また、ミュージックソンの募金で設置され、東京都で最初となる「音の出る信号機」が設置された大田区の交差点から、生中継を実施した。

14時台は「ショウアップナイター」を特集。「ショウアップナイター」スタート時の1966年から担当し、実況した野球の試合数は1,600を超えるという、“ミスターショウアップナイター”深澤弘アナウンサーが生登場。同い年の長嶋茂雄とは深い交流もある“盟友”であり、様々なエピソードを持つが、1974年の長嶋茂雄引退セレモニーの実況も務めた深澤が、この日に至るまでの裏話を披露した。また1988年6月15日の「ショウアップナイター」で解説を務めた長嶋茂雄が、バッターボックスに立った、当時現役ヤクルト選手の息子・長嶋一茂の打撃を解説するシーンや、「10.19」と呼ばれる伝説の1988年10月19日のロッテ-近鉄戦ダブルヘッダーなど、実況音声を交えながら「ショウアップナイター」の歴史を振り返った。

15時台のテーマは「ユーミンとニッポン放送」。ゲストに松任谷由実が生登場。「オールナイトニッポン」を1988年4月から1999年3月まで11年間担当し、女性パーソナリティの最長記録を持つユーミンが、ラジオから生まれた名曲「瞳を閉じて」が誕生した経緯や「ユーミンのオールナイトニッポン」をモチーフに作った「Valentine‘s RADIO」について語ったほか、過去に放送された「松任谷由実のオールナイトニッポン」のダイジェスト版が放送された。

16時台のテーマは「オールナイトニッポン」。1960年代の懐かしの「音源から、これを聴けば自分が聴いていた年代がわかるジングル大特集まで、特別番組ならではのコーナーを展開。1981年から1990年末までパーソナリティを務めたビートたけしは、名コンビ・高田文夫との阿吽の呼吸について語り、出演した映画「戦場のメリークリスマス」が「カンヌ国際映画祭」で受賞を逃したときに2時間愚痴をこぼしているだけの放送になったことなど様々なエピソードを振り返った。そして「ラジオの放送を聴くといろいろ想像できたり考えられるから、意外に優れてるのかなと思う」と、ラジオの魅力について言及した。パーソナリティ最長記録を更新中のナインティナイン岡村隆史、そして、現役パーソナリティであるWANIMAや乃木坂46のコメントをオンエアした。

17時から21時50分まではの第4部「ニッポン放送ヒストリー~2010年代編、そして未来へ~」では、17時台に、2016年から4年連続で新春の長時間特番を担当した三四郎が登場。長時間番組の“秘訣”を飯田アナが訊いたところ、「抜くところは抜く。そうしないともたない(笑)」と小宮。「10年後も新春特番を担当でしたい」と意気込むと、「10年後はいったい何時間番組になっているんだ?」と相田に突っ込まれる場面も。

18時台にはこの時間帯のテーマ、「そして未来へ」にふさわしい、ニッポン放送の2人の新人女性アナウンサーがデビューを飾った。前島花音(まえじまかのん)アナウンサーは日比谷公園から、熊谷実帆(くまがいみほ)アナウンサーは横浜高島屋から中継を担当。前島アナは得意の空手で、目の前の板を割るパフォーマンスで中継を盛り上げた。熊谷アナは食レポに挑戦。顔ぐらい大きい煎餅を食べながらのレポートで、マイクの前でしゃべれる喜びを笑顔いっぱいで表現していた。

19時台には、故・ジャニー喜多川さんに哀悼の意を表して、ジャニーズ特集を放送。ニッポン放送の初ジャニーズ番組「ジャニーズ・ジャンプ」最終回(昭和42年11月)の音源がオンエアされ、リスナーからは光GENJI、中居正広、Kinki Kids、V6、Kis-My-Fit2など様々なジャニーズのパーソナリティが担当した番組の思い出が続々と寄せられた。

20時台には火曜の「オールナイトニッポン0(ZERO)」を担当するCreepy Nutsが登場。現在の「オールナイトニッポン0(ZERO)」のレギュラーパーソナリティの中で唯一の“2年目”ということの心境をたずねられると、DJ松永は「ラジオってリスナーに寄り添わなきゃいけないのに、(パーソナリティの)ラインナップがちょっとスターすぎてリスナーがビビっちゃってるから。実際、ニッポン放送のイベントに駆り出されまくってる、スケジュールがすぐ抑えられる俺らみたいな便利屋が、1週間に1回いないとダメなんすよ」と熱弁し、「3年目もよろしくお願いします」とPRした。

エンディングとなる21時台には最後のゲストとして水曜の「オールナイトニッポン0(ZERO)」を担当するテレビ東京プロデューサーの佐久間宣行が「オオトリがただのサラリーマンっていいんですか?」と明るく登場。10年後のニッポン放送について飯田アナから問われると、「テレビ東京の10年後もわからないのに」と笑いを誘った。また、リスナーからいつの間にか「船長」と呼ばれるようになったが、酔っぱらったリスナーから駅で「船長!」と抱き着かれたことなど、パーソナリティとリスナーの距離の近さに驚いたエピソードを披露。テレビとラジオの魅力について問われると、それぞれの特性について「テレビが面白いと人気が出る。ラジオが面白いと好きになる」と語り、その言葉がツイッターなどでも大きな反響となった

この特別番組の放送にあわせ、午前10時から午後6時まで、ニッポン放送地下2階にあるイマジンスタジオにてニッポン放送グッズ展を開催。このグッズ展では、ニッポン放送の過去のタイムテーブルやノベルティグッズ、放送機材の展示をしたが、三連休の最終日にも関わらず、1,000人を超えるリスナーが来場した。多くの方が番組のノベルティなど思い出のグッズを持参。中にはオークションで落札したというニッポン放送も保存していない開局当時のグッズを持った来て下さった方もおり、そのグッズを話題にリスナー同士が交流して盛り上がる様子が見られた。リスナーからは「今日だけではもったいない」、「またやってほしい」という声が上がるなど、大反響のイベントとなった。

この16時間50分にわたる特別番組の最後の曲は、AKB48の「10年桜」。16時間50分の間に寄せられたメールは3,000通以上、ツイッターは14,217件と日本のトレンド入りとなった。そして、新旧パーソナリティの「私とニッポン放送」エピソードコメントをダイジェストでオンエア。寄せられた数々のメッセージを振り返ると、それぞれ“リスナーとのつながり”を語っていた。リスナーに支えられて65年。飯田アナが「これからも人と人とのつながりを大事にしていきたい」と番組を締めくくった。

おかげさまで65周年を迎えたニッポン放送は、「面白いコト」、「新しいコト」そして「誇れるコト」を、ラジオを通じお届けしていく。

ニッポン放送 ニッポン放送
Copyright Nippon Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved.