49年前1967年の今日、TVシリーズ『ザ・モンキーズ』日本での放送スタート! 【大人のMusic Calendar】

ザ・モンキーズ,MASTERS OF POP BEST COLLECTION 1000:恋の終列車

1960年代に一世を風靡した人気グループ、ザ・モンキーズが今年(2016年)でデビュー50周年を迎えた。それを記念して4年前に他界したデイヴィ・ジョーンズを除くオリジナル・メンバー3名で制作された新作アルバム(通算12作目のスタジオ・アルバム)『Good Times!』が5月27日にリリースされるや否や。ビルボード・チャート第14位にランクされるという快挙。また、マイク・ネスミスは不参加だが、ミッキー・ドレンツとピーター・トークのふたりによるデビュー50周年記念全米ツアーも、5月18日にフロリダでスタート以来、すでに30箇所以上を廻っており現在も続行中だ。各地で往年のモンキーズ・ファンたちの歓声に迎えられ大盛況とのこと。奇しくも申年であるモンキーズの記念すべき節目の年に、再び全米でフィーヴァーを巻き起こしているというわけだ。

モンキーズが誕生した1965年、米国のポピュラー音楽業界は、1964年のビートルズ米国上陸以来、ローリング・ストーンズ、アニマルズ、ハーマンズ・ハーミッツなど英国のビート・グループたちにヒットチャートを蹂躙されっぱなしの状況(British Invasionと呼ばれた)だった。これに危機感を覚えた米国の音楽出版社「アルドン・ミュージック」の総帥ドン・カーシュナーが、自ら副社長を務める映画・TV制作会社「スクリーン・ジェムズ・コロムビア」のバート・シュナイダー、ボブ・ラフェルソンと共に企画したのが、ビートルズの主演映画にヒントを得たTVシリーズの製作で、主役のバンドを英国勢の対抗馬となるアイドルとして売り出していくというものだった。

主役バンドのメンバーは65年9月に行なわれたオーディションによって選抜された。ビートルズの対抗馬となるグループだが、ビートルズのようなソングライティングの才能や演奏力は二の次で、コミカルなアイドル主演ドラマにふさわしいキャラクターとルックスに主眼が置かれたのだろう、オーディション参加者の中には、のちにバッファロー・スプリングフィールドを結成するスティーヴン・スティルスや、後年名声を得るポール・ウィリアムス、ヴァン・ダイク・パークスなどもいたが、みんな不合格となっている。

最終的にミッキー、デイヴィ、マイク、ピーター(スティーヴン・スティルスの紹介)の4人がメンバーに決まり、ここにモンキーズが誕生した。翌1966年8月にシングル「恋の終列車(Last Train to Clarksville)」でレコード・デビューし、9月12日には全米ネット(NBC系列)でTVシリーズ『The Monkees Show』がスタート。たちまち大ブレイクして、当初の目論みどおり英国勢を凌駕するほどのトップ・アイドル・グループとして音楽シーンに君臨するのである。

全米を熱狂させたモンキーズ旋風は、太平洋を越えて日本にも上陸。「恋の終列車」「アイム・ア・ビリーヴァー」に続く第3弾シングルとして67年3月に日本発売された「モンキーズのテーマ」は、20万枚を超えるセールスを記録してオリコン4位まで上る大ヒットとなった。『ミュージック・ライフ』誌などのグラビアでも、ビートルズ、ウォーカー・ブラザースの常連組と肩を並べるようになり、やがて彼らを追い越す存在に。そして、今から49年前の今日1967年10月6日、日本でも『The Monkees Show』(邦題『ザ・モンキーズ』)の放送がスタート(TBS系・毎週金曜日夜7:00~7:30)したことによって、日本におけるモンキーズ人気は決定的なものとなるのである。

モンキーズの全盛期はちょうど日本のGSブーム期と重なる。モンキーズ・ナンバーをステージやアルバムでレパートリーとして取り上げるGSも多かった。、「モンキーズのテーマ」の歌詞を替えて自分たちのテーマとして歌ったザ・タイガースもそのひとつだろう。ただ、これはあくまでも憶測でしかないのだが、「モンキーズのテーマ」の改変はタイガース自身の意思というよりは、スタッフ側のアイディアだったのではないだろうか? 明白な証拠はないのだが、どうも渡辺プロダクションは当時モンキーズのビジネスモデルに注目していたように思えてならないのだ。

TV番組とレコード販売をリンクさせて新人タレントを売り出すという、当時としては画期的だったメディアミックス戦略。そして、モンキーズの楽曲のほとんどをアルドン・ミュージックの契約ソングライターたち(キャロル・キング、ニール・セダカ、ニール・ダイアモンド、バリー・マン等)が書き下ろし、作家陣の一員でもあるトミー・ボイスとボビー・ハートのコンビによるサウンド・ディレクションの下、「レッキング・クルー」と呼ばれた売れっ子スタジオ・ミュージシャン集団によるバッキング演奏で効率良くヒット・レコードを量産していく、その制作システム(前述のオーディションで作曲力や演奏力は二の次だった大きな理由)に渡辺プロダクションは最大の関心を寄せていたのではないだろうか?

真相はともあれ、渡辺プロダクションがこのモンキーズの「スター製造システム」にも似た方法論で、タイガースをスターダムにのし上げていったのは間違いない。猿マネならぬ「猿」を真似て「虎」を育てたとでも言うべきか。文字どおり「モンキー・ビジネス」モデルだったわけだ。

グッド・タイムズ,ザ・モンキーズ

【執筆者】中村俊夫

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