本日7月9日は細野晴臣の誕生日~音楽活動デビュー50周年

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【大人のMusic Calendar】

本日7月9日は細野晴臣の誕生日~音楽活動デビュー50周年
本日7月9日に72歳を迎えた細野晴臣(1947年生まれ)さん。古希を過ぎてもその活動は活発で衰えを知らない。今年はロック・バンド“エイプリル・フール”の一員として、1969年にアルバム・デビューしてからちょうど50年、秋には半世紀にわたる音楽活動を記念するイベントも用意されているが、昨今の活動について特筆すべきは、旺盛な創作活動に加えて、ソロアーティストとしては「初」となる英国公演(2018年6月)と米国公演(今年5月・6月)を成功させたことだ。国内公演も「ソールドアウト」が続いている。

ぼくの場合、1970年に発表されたはっぴいえんどのファースト・アルバム『はっぴいえんど』(いわゆる「ゆでめん」)を聴いて以来のファンだから(エイプリル・フールのアルバム『Apryl Fool』は後から聴いた)ファン歴は49年だが、その間かなり熱心に細野さんを追いかけてきたことになる。

細野さんと初めて口をきいたのは1971年8月7日のこと。この日、岐阜県坂下町(現中津川市)椛の湖畔で開催された第3回全日本フォークジャンボリーのサブステージにはっぴいえんどが出演したが、終演後の細野さんに路上で話しかけてサインをいただいた。1979年には、ヤマハ渋谷店が開設した細野さんのベース教室(別名「エキゾチック・クラブ」。実際にはベースは教えなかった)にも参加し、1年弱のあいだ細野師の謦咳に接することができた。たまたまYMOがブレイクする時期にあたり、「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」のレコーディングも見学させてもらった。細野さん(さらには大滝詠一さん)との出会いがなければ、音楽に関する文章を書くことにならなかっただろう。

ここ数年、国内で開催される細野さんのライブのチケットがなかなか手に入らない。特に東京での公演はあっという間にソールドアウトになってしまう。星野源などとの交流が細野さん人気に拍車を掛けているせいもあるが、老いてなお精力的な音楽活動を展開し、すでに「伝説」の域に入った感のある細野さんから、何らかの音楽的あるいは精神的な「遺産」を得たい、あるいは刺激されたいと思っているオーディエンスが増えているのだろう。

かくいうぼくもその1人だが、細野さんライブのチケット入手合戦ではここのところ連敗中である。国内で細野さんを聴いたのは「初夏ツアー2017」の沖縄ライブ(2017年6月25日 桜坂セントラル)が最後だが、これもソールドアウト寸前の滑り込みセーフだった。以後、実は海外公演しか聴いていない。
 
YMOを通じて細野さんファンになった人も多いだろうが、ライブにYMOやテクノポップのテイストを期待すると裏切られることになる。近年の細野さんのライブは、オリジナル曲がおよそ半分、おもに1920年代から50年代が初出となる米国産ブルース、ジャズ、ポップスのカバーがおよそ半分という構成だからだ。もちろん、こうしたセットリストは、近年の細野さんがオリジナル・アルバムで示している音楽的指向性を反映したものだ。

2011年の『HoSoNoVa』は全12曲中5曲がカバー作、2013年の『Heavenly Music』は全12曲中11曲がカバー作、2017年の『Vu Jà Dé (ヴジャデ)』は2枚組だが、うち1枚(全8曲)はまるまるカバー作だった。オリジナル曲もアメリカン・ミュージックなどから受けた影響を隠さないものが多い。20世紀アメリカに端を発する壮大な音楽の歴史を細野さん独自の回路を駆使して消化し、それを丹念に磨きあげて世に問うた、何ともクリエイティブなアウトプットが多い。細野さんはたんなるアメリカン・ミュージック・マニアックなのではなく、歴史を掘り起こしながら無限のフロンティアを開拓しようとする「冒険音楽家」と呼ぶに相応しい。「こだわりつづけることで発見された、こだわりの排除された音楽」というべき側面もある。

驚いたことに、細野さんの音楽に対するこうした姿勢は1970年代から一貫している。アグネス・チャン「ポケットいっぱいの秘密」(1974年)のアルバム・バージョンに絡めて6月10日付の「大人のミュージックCalendar」にも書いたが、そこで展開されるサウンドは、細野さんが最近のステージで披露するサウンドに限りなく近い。ひょっとしたら50年近い歳月を費やした細野さんの冒険が一巡して、1970年代前半の時空間に再び舞い降りたのかもしれない。

細野さんの「現在」は、ライブを聴くとはっきりした輪郭を伴って現れる。残念ながら、ソールドアウトの大成功が伝えられる今年の米国公演〔5月28日、29日@グラマーシー・シアター(ニューヨーク)/6月3日@メーヤン・シアター(ロサンゼルス)〕は聴き逃したが、今年2月23日の台北(レガシー台北)、昨年6月23日のロンドン(バービカン・ホール)、同じく6月25日のブライトン(オールド・マーケット)は聴いている。

そこで聴いた細野さんは、高田漣(G)、伊賀航(B)、伊藤大地(Drs)、野村卓史(Key/昨年より参加)といった巧者を集めたセッションに支えられながら、「ポケットいっぱいの秘密」(鈴木茂・林立夫・松任谷正隆などのセッション)で展開されたサウンドをより深く究めたものだった。20世紀の前半に遡るアメリカン・ミュージックの歴史の最良かつ最も普遍的な部分を抽出してシンプルに濃縮し直すと、おそらく現在の細野音楽にたどり着くはずだ。

『HOSONO HOUSE』(1973年)のセルフカバーである最新作『HOCHONO HOUSE』(2019年)も、そうした観点から聴くと、より味わい深いものになる。時空の限界をひょいと飛び越えたところに紡ぎだされる「虚空の音楽」(虚空:何も妨げるものがない状態ですべてのものが存在する場所―仏教用語あるいはヒンドゥー教用語)といったほうが適切だろうか。細野さんは、「孤高」の表現者ならぬ「虚空」の表現者だというのがぼくの持論である。カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した是枝裕和監督『万引き家族』(2018年)の細野さんの手になるサウンドトラック(2018年日本アカデミー賞音楽賞受賞作)も、「虚空の音楽」として聴くとより鮮烈なイメージが膨らんでくる。

先にも触れた通り、今年は細野晴臣デビュー50周年にあたる。10月には『細野観光1969-2019』(10月4日~11月4日・六本木ヒルズ展望台東京シティビュー)と題する企画展がある。11月30日と12月1日には記念公演も行われる予定で、細野さんのドキュメンタリー映画も制作されるという。

ぼくたちは細野晴臣をどこまで追いかけていくことができるだろうか。飄々と歩き廻る細野さんだが、意外にも追いつくのは簡単ではない。音楽の限界を受け入れながら音楽の境界を飛び越える勇気が必要だからだ。が、細野さんの音楽を通して見る未来は思ったよりはるかに明るい。その未来を信じて、ぼくも細野さんの影を踏みながら、明日もまた歩きつづけることになるだろう。

【著者】篠原章:批評.COM主宰・評論家。1956年生まれ。主著に『J-ROCKベスト123』(講談社・1996年)『日本ロック雑誌クロニクル』(太田出版・2004年)、主な共著書に『日本ロック大系』(白夜書房・1990年)『はっぴいな日々』(ミュージック・マガジン社・2000年)など。近年は沖縄の社会と文化に関する著作が多い。
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