阪神・矢野監督が気付いた高山のベンチでの変化

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は5月29日の巨人戦で、「代打サヨナラ満塁ホームラン」を放った阪神タイガース・髙山俊選手のエピソードを取り上げる。

阪神・矢野監督が気付いた高山のベンチでの変化

【プロ野球阪神対巨人】12回、サヨナラ満塁本塁打を放つ阪神・高山俊=2019年5月29日 甲子園球場 写真提供:産経新聞社

「切れないかだけ心配でしたけど、完璧でした。何も考えられなくて……。夢中で走りました。自分じゃないような感じです!」

5月29日、甲子園球場で行われた阪神-巨人戦。阪神は一時3点リードされながら、終盤に追い付き延長戦へ。巨人は8投手、阪神は7投手をリレー。互いにベンチにいる選手を注ぎ込む総力戦になりました。

阪神は11回ウラ、無死満塁の絶好機を逃し、ドロー寸前の12回ウラ、阪神は一死から福留が4球で出塁。梅野が二塁後方へのヒットでつなぎ、ルーキー木浪も四球を選んで、再び満塁。このラストチャンスに、矢野監督が切り札として送り出したのが、ベンチに残っていた最後の野手・高山でした。

「なかなかスタメンで出られなくて、悔しい思いをしている選手だけれど、ベンチでもすごく声を出してくれてね」

昨季まで、阪神の2軍監督だった矢野監督。選手起用の巧みさには定評がありますが、ファームで1軍昇格に向けて練習に励む選手の姿を、ずっと見て来たからこそ。

高山は2015年、明治大からドラフト1位で入団。16年、金本前監督のもと1年目から開幕スタメンを勝ち取り、シーズンを通じて活躍。新人の球団記録を塗り替える136安打を放ち、新人王に輝きました。

将来のチームリーダー候補と期待されましたが、2年目以降は打撃不振に陥るなど伸び悩み、昨季はわずか45試合出場に終わりました。

4年目の今季も、近本・木浪らルーキーや若手が台頭するなか、20試合に出場して、打ったヒットはわずか4本、打点はゼロ(28日現在)。結果を残せず、ベンチを温める日々が続いていましたが、矢野監督は高山の“変化”に気付いていたのです。

自分が試合に出ていなくても、大きな声でチームメイトを励ます高山。矢野監督が高山を1軍に置いていたのは、出場機会が少なくても腐らず、戦う姿勢を忘れないところを、ちゃんと見ていたからです。

「ああいうエリート選手がいま、ベンチにいるのはすごくつらいと思う。去年は2軍でも苦しい時期を過ごしているけれど、去年から比べると、本当に“心の成長”がすごくあって、そういうのを俺も見ているんでね」

この日も自ら志願して、昼間に鳴尾浜球場で行われたオリックスとの2軍戦に出場してから甲子園入り。いわゆる“親子ゲーム”ですが、元新人王がそこまでするのは異例のこと。しかし、キツいなどと言っていられない状況なのは、本人がいちばん自覚していました。

矢野監督も、いつかいい場面で機会を与えてやりたいと思っていたところ、絶好の場面がついに訪れたのです。

2ボールの後の3球目、1球待たずに、巨人・池田の投じた133キロのカットボールを思いきって振り抜くと、打球は打った瞬間それと分かる、大きな放物線を描いてライトポール際へスタンドイン! 歓喜に沸くファン、ベンチから総出で、ペットボトル片手に高山を祝福する選手たち。ユニフォームは一瞬でびしょびしょになりました。

巨人戦での満塁サヨナラアーチは、球団史上初の快挙で、高山にとってもこれが今季初打点でした。お立ち台で高山は、

「耳に水が入って抜けていないんですが、本当にうれしかった。最高です!」「2年間悔しい思いをした。なかなか結果が出ていないですけど、きょうをきっかけにやっていけたら」

阪神は、今季6連敗で始まった巨人戦にこれで3連勝。去年から続いていた甲子園での巨人戦連敗も9で止め、貯金は今季最多の「5」に。巨人と入れ替わりで2位に浮上する、とてつもなく価値のある1発でした。

指揮官も、いまや名物になった“矢野ガッツ”でヒーローをお出迎え。誰よりも早く、高山を抱きしめました。

「野球ってすごいですね。こんなドラマが。想像しないようなことばかり起きて……。最後にシュン(高山)が決めてくれたというのがね。本当に興奮しました」

開幕前の大方の予想を覆し、健闘を続ける今季の阪神。この躍進を支えているのは、選手とともに歩み、ともに喜ぶ指揮官の力もあってこそなのです。

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