上板橋『花門』 超!大盛り400円料理に秘められた人間ドラマ。 「あけの語りびと」(朗読公開)

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

居酒屋花門

イラン人のマンスールさんが経営する居酒屋『花門(かもん)』は、超大盛り!全品400円の激安店として有名なので、ご存じの方も多いはず。

しかし今朝は、そのカゲに秘められた人間ドラマをご紹介します。

「花(はな)」の「門(もん)」と書く『花門(かもん)』は、なかなか古風な名前ですが、英語の「COME ON=カモン=おいで」の意味も兼ね備えています。
駄ジャレ好きなマンスールさんと愛妻のきよみさんが考えた店名です。

居酒屋花門

東武東上線・上板橋駅の北口を出て7分ほど。
人情の通い合うぬくもりの街に『花門』が開店したのは、今から24年前。
日本語を学ぶため来日し、そのまま上板橋に住み着いたマンスールさんは、28歳でした。

奥さんの(きよみ)さんを見染めたのは、日本語学校を出て、居酒屋でアルバイトをしていた時代。
仕事場の同僚と店に通っていた彼女は、白い歯を見せて、とてもよく笑う明るい女性でした。
想いをつのらせたマンスールさんはある日突然、カウンターから出ると、レジで支払いをしているきよみさんのそばに立ち、その手を握りしめ、こう言い放ったといいます。
「私と、つきあってください!」
イラン人の求愛の仕方が、こういうものであるかどうか分かりませんが、二人はともかく結婚まで漕ぎ着けゴールイン。
『花門』の開店へと続きます。

開店して2年目のことでした。 店に入った来た若い夫婦。
奥さんのお腹は大きくふくらみ、間もなく赤ちゃんが生まれる様子でした。
二人は、壁に貼られたいろいろなメニューを見ながら相談を始めます。
「あたし…サイコロステーキが食べたい!」
「850円か…高いな~、ダメだ」
「そうね~。じゃあ、何にしようかな~」
そんなやり取りの末、二人は380円の焼きそばを注文しました。
コンロに向かったマンスールさんは、黙って焼きそばを二つ焼きました。

その夜のこと。店を閉めたマンスールさんの胸の中には、得体の知れない無力感と無念さが広がっていました。
(あの若い妊婦さんは、赤ちゃんのためにも栄養をつけたかったんだ。サイコロステーキを食べてほしかったなぁ…)

そのためには、どうすれば良かったのか?
突然、マンスールさんの中に、とんでもない思い付きがひらめきました。
(そうだ!メニューを全品、焼きそばと同じ380円にすればいいんだ!)

居酒屋花門

どうして、こんな奇想天外なアイディアを思いついてしまったのか?
マンスールさんは、振り返ります。
「店を開くときは、誰でも、いろんな夢を見ます。大きな家を持ちたい!支店を出したい!いい車に乗りたい!私は、そうした夢を全部捨てたんです!」

唐揚げ=380円、豚肉のしょうが焼き=380円、マーボ豆腐=380円、カルボナーラ=380円、特製ピザ=380円、イラン人気ロール=380円。
壁に貼られたメニューの一枚一枚に赤い線を引き380円と書き直す夫に、きよみさんは、そのわけを問うこともなく、じっと見つめていたといいます。

居酒屋花門
居酒屋花門
居酒屋花門

それから数日後、店にあの若い夫婦が、ふたたび現れました。
そして、壁のメニューを見てビックリ!
「あ~!サイコロステーキが食べられる!」
マンスールさんは、肉をてんこ盛りにして出したといいます。
「さ、この前、食べられなかった分も、しっかり食べてね!」
これが『花門』の「超!大盛り料理」のルーツになりました。

居酒屋花門

マンスールさんは、食材ごとに安い店を見つけては、仕入れに行きます。
それでも店の採算がとれず苦しいときは、近所の工場でアルバイトをして、『花門』を支えてきました。
こんなマンスールさんのささやかな夢とは…?
「どこへも行ったことがないのでね、京都へ行ってみたいんです。そして、あの素晴らしい風景を、大好きな油絵に描いてみたい。」

◆全品380年のメニューは、消費税の値上げに耐え切れず、 現在は、全品400円になっています。
◆ それでも「超!大盛り料理」は健在で、店内には、お客様たちのビックリする歓声が響いています。
◆ 残った料理は、パックで持ち帰ることができます。

2016年9月21日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ