あけの語りびと

「絶滅危惧種のチョウを守ることは、生き物全体を守ること」~その理由とは?

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

草木の緑が、いっせいに萌え始めています。もう誰も見上げることのない桜は、緑の木に変身しました。地面では、咲き終えたタンポポの綿帽子が旅立ちの準備を整えています。おびただしい種類の雑草が緑のヴェールとなり、地球をすっぽり包み込もうとしています。

ヌスビトハギの果実(和歌山県田辺市、2008年9月15日)(ヌスビトハギ – Wikipediaより)

そんな雑草のなかの1つ、「ヌスビトハギ」をご存知でしょうか? 日本全土の草やぶに生えるマメ科の多年草。その実には、かぎ形の固い毛が生えていて、触れた人の衣服にマジックテープのようにくっつく。

別名「ひっつき虫」! 小さい頃、ヌスビトハギのせいで道草がバレたり、友だちにくっつけて遊んだり、そんな想い出のあるかたも多いでしょう。このありふれた雑草をめぐっていま、存亡の危機に関わる問題が起きているのをご存知でしょうか?

絶滅危惧種の「ツシマ ウラボシ シジミ」

長崎県の対馬だけに生息するチョウ「ツシマ ウラボシ シジミ」の幼虫は、ヌスビトハギを好んで食べます。しかし、2000年代になってその数が急に減ってしまったのです。原因は、対馬で急激に増え続けたシカでした。

シカたちがヌスビトハギを食べ尽くしてしまったことによって、対馬に行けば簡単に出会えた「ツシマ ウラボシ シジミ」の幼虫が育たなくなってしまった。そしてとうとう2017年には、環境省の「絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト=レッドリスト」で「絶滅危惧IA類」にランクされてしまいました。

ごく近い将来に絶滅する可能性がきわめて高い種という意味です。チョウの保全団体や研究者たちが2013年の夏から、人工的な飼育に乗り出しています。その拠点の1つが、東京都足立区保木間にある「足立区生物園」

「足立区生物園」園内

園長の関根雅史さんはおっしゃいます。
「いまは大阪と長崎と東京、3つの施設で保全の取り組みをしているのですが、スタート当初はうちだけでしたからね。失敗したら絶滅させてしまう。いやぁ~、本当に緊張しましたよ」

足立区生物園は26年前、元渕江公園の一角にオープン。東京都が地震予知の研究の一環として井戸を掘ったところ、良質の水が出た。その水を活用して、水生昆虫や魚、ホタルなどを見せたのが始まりだそうです。

ツシマ ウラボシ シジミの『救済プロジェクト』の話があった頃、昆虫の飼育員は10人くらい。5人の「チョウ班」が50種類ほどのチョウを飼っていました。手いっぱいなところへ加えて、飼育のノウハウが分かっていない絶滅危惧種を飼うという難しい仕事ができるのか? ためらいは多かったのですが、関根園長はこのプロジェクトを受け入れました。

関根園長は「保全飼育を断るという選択肢はない」と語る

「生き物にたずさわる仕事をしている限り、希少種を絶滅から救うのは我々の責任です。保全飼育を断る、という選択肢はありません」

最初のツシマ ウラボシ シジミの担当は、知識も経験も豊富なベテランの職員。しかし彼は、大阪の箕面公園昆虫館の副館長として転勤することになりました。さて、後任はどうする? ということになったとき、白羽の矢が立ったのが、当時は大学を出たての新人だった水落渚さん

「絶滅させてしまったらどうしよう」という重圧が両肩にのしかかるなか、絶滅危惧種・ツシマ ウラボシ シジミの飼育が始まりました。直径1ミリに満たない小さな卵を1個ずつ葉っぱにのせ容器へ納めます。

孵化して幼虫になると、ヌスビトハギを与えます。しかし幼虫は気むずかしく、柔らかい葉っぱしか食べてくれないと言います。共食いなどを避けるため、200匹ほどの幼虫は個別に管理。あふれる情熱と手間が必要な作業です。

足立区生物園は他にも様々な動物・昆虫を飼育

また成虫のオスとメスを交尾させるときは、園内の大温室にチョウを放してカップルの成立を待ちます。温室内を飛びまわるオスにメスを近づけて、交尾をうながす。成虫の寿命は10日ほどなので、その間にカップルが成立しないと子孫は残らない。それは祈りにも似た必死な作業だと言います。

この保全活動が2013年からスタートしなければ、1、2年のうちに絶滅してしまっただろうと言われるツシマ ウラボシ シジミ。たった1つの種の保全が、なぜこんなにも大切なのか?

大型の哺乳類から虫たち、そして1本の草や一輪の花まで、すべての生き物はお互いに影響をおよぼし合い、その土地の生態系を築いています。その生態系を守ることは、生き物全体を守ること。そのなかには人間も含まれると言います。

生き物と直接ふれあうことで、命を実感できる

足立区生物園は、身近な生き物と触れ合う直接体験を通して、命の尊さや素晴らしさを実感できる企画を次々に発信。年間15万人だった入場者は、昨年度(2018年度)22万人にのぼりました。

関根園長は言います。「記録上、絶滅したチョウは日本にはまだいないんです。ツシマ ウラボシ シジミが対馬に戻れる日まで、私たちは頑張ります」

上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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