作り続けたペット用車椅子1万台分の笑顔は、亡き愛犬のおかげ

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【ペットと一緒に vol.141】by 臼井京音

作り続けたペット用車椅子1万台分の笑顔は、亡き愛犬のおかげ
犬友の愛犬のために試行錯誤を重ねて犬専用の車椅子を2003年に初めて作った、木口光儀さん。それ以来、1万台近い車椅子を、犬のみならず猫やウサギのために作成したと言います。今回は、木口さんの愛犬が導いた“ペットの車椅子職人”のストーリーを紹介します。


たまたま常連になったカフェがはじまり

木口光儀さんは20年ほど前に行きつけだった、神奈川県の相模原公園近くのカフェで運命の出会いがあったと語ります。

「当時の愛犬のモモと一緒によく訪れていたのですが、カフェのオーナーの愛犬タラくんと交配して子犬をもらおうという話になりましてね。ところが、タラくんは別のミニチュア・ダックスフントのジャスミンちゃんとの間に子犬をもうけてしまい、モモは失恋しました(笑)」。

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タラくんママと木口家の現在の愛犬の銀ちゃん

その後、モモちゃんは交通事故で亡くなってしまったと言います。「悲しみに沈んでいる妻と息子と私の姿を見て、カフェのオーナーはタラくんとジャスミンちゃんの子犬を譲ってくれたんです」。

木口家の新しいミニチュア・ダックスフントは銀ちゃんと名付けられ、再びカフェに通うようになりました。

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2003年生まれの銀ちゃん(2019年撮影)

そんなある日、カフェのオーナーから木口さんに思いもよらない相談が舞い込みました。
「お客さんのダックスが、椎間板ヘルニアを患って手術したとのこと。その子が立っていられるようになる何かを作ってくれないかという依頼でした。私が人間用の義足や装具を作る仕事をしていると知っていたからですね」。

そのダックスがたまたま木口さんの近所に住んでいたこともあり、木口さんは初めての犬用の車椅子作りへの挑戦を決意したそうです。

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現在はダックス、コーギー、フレンチ・ブルドッグ、柴犬、レトリーバーなどの依頼が多いそうです


試行錯誤を重ねて第1号が完成

犬を愛する木口さんは、立っていられるだけの器具ではなく、たとえ下半身が麻痺していても、依頼主のダックスを元気に走らせてあげたいと思ったと言います。

「まず、水道パイプを使ってフレームを作ってみました。採寸や調整を加えながら、1ヵ月間に何個作ったか、思い出せないほどの数でしたね」と振り返る木口さんは、フレームはホームセンターでそろえた材料でなんとか完成させられたものの、ちょうどよいサイズの車輪が手に入れられず頭を抱えたとか。最終的には、理想サイズの車輪が付いた買い物用バッグを1万円で購入し、分解して車椅子の車輪にしたそうです。

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初めて形になった車椅子を装着!

「完成した車椅子に乗って、目を輝かせて走るその子を見たとき、とてもうれしい気持ちになったのを思い出します。愛犬を目の前に、同じように明るくなった飼い主さんの顔も忘れられません」(木口さん)。

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車椅子を付けると行動範囲が広がるので、犬たちは大喜び


ペットの車椅子作りに没頭

第1号の車椅子が完成したのち、犬友から犬友へと評判が広がり、木口さんのもとに次々と車椅子を作って欲しいとの依頼がやって来たとか。

「小さなワンちゃんでも快適に散歩させてあげたい。そこで、どうやったら車椅子を軽量化できるか研究し始めました。アメリカ製のものを参考にしたり、日本で車椅子を作っている方々の情報を集めたり……。車椅子を改良する作業に没頭していましたね」と、木口さんは当時を振り返ります。

口コミで評判の良かった水道パイプに継いでたどり着いた材料は、アルミパイプ。「軽量化に成功して、達成感がありました。でも、それでもさらなる高みを追求し、いまでは高額になりすぎて作るのが困難なカーボン製の車椅子も作りましたよ」とのこと。

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第2世代と第3世代の車椅子(いずれもアルミ製)

木口さんは当初、無償でこうした車椅子を犬たちに届けていたそうです。
「飼い主さんたちに喜んでいただければそれでよくて。多くの方は、御礼にと私が好きなお酒をくださいました。でも妻は酒量が増えると私の健康が心配だったようで、『そろそろ、代金をいただいて仕事にしたら?』と(笑)。それで、2013年に人間用の装具技師の仕事を辞めて“ポチの車イス”を開業しました」。

木口さんの愛犬は銀ちゃんなのに、なぜポチという名前にしたのでしょうか?
「それは、車椅子を作るきっかけになったカフェの店名が“ポチのイス”だったからです。真ん中に“車”を入れてみました。完全に、パクリですよ」と、木口さんは笑います。

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“ポチの車イス”店内にてフィッティング中のウェルッシュ・コーギー


全国から届く感謝の言葉

木口さんはこれまでの約17年間に、体重700gのチワワから80kgのセント・バーナードまで、さらには猫やウサギ用に車椅子を作りました。その数は、1万台近くに及びます。

「飼い主さんから、昔は手紙や写真、そしていまでは写真とともにメールで感謝の言葉がたくさん届くんです。ほんとうに、こんなにやりがいと喜びが大きい仕事へといざなってくれた愛犬モモには、感謝の気持ちでいっぱいですね」(木口さん)。

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ウサギ用の車椅子は約10台の経験があるそうです

数年前から、木口さんの息子の達也さんもペットの車椅子作りを一緒に行っていると言います。「おかげさまで銀は、16歳で元気にしていますよ」と、笑顔を見せる木口さん親子。これからも、さらに多くの犬や猫やウサギたちとその飼い主さんたちを、笑顔へと導いて行くことでしょう。

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目の見えない犬用には衝突防止アーム付き 他に脚を切断した犬用の特殊車椅子も作成しています

連載情報

ペットと一緒に

ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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