「令和」に人々が持つ“切ない期待感”

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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(4月3日放送)にジャーナリストの佐々木俊尚が出演。新元号「令和」について解説した。

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新元号を発表する菅義偉官房長官=2019年4月1日午前、首相官邸 写真提供:産経新聞社

新元号「令和」への改元に向け政府が準備を本格化

5月1日の新元号、令和への改元に伴い、政府は国民生活への影響を最小限に抑えるため、改元への準備を本格化させている。菅官房長官は4月2日の会見で「新元号への円滑な移行に向けた対応に万全を期したい」と語っている。

飯田)新元号、令和に決まったその後、様々な動きが出ていて、どういう過程でどういう候補があったのかというところにメディアは血道を上げている部分もありますけれども、一連の社会の動きを佐々木さんはどうご覧になっていますか?

佐々木)「元号、改元とは何なのか」を改めて考えるいい機会でした。一昨日、このことについてツイートして、9,000くらいリツイートされました。

飯田)すごい数ですね。

佐々木)改元の前、3月の末までは元号はシステム的に言うと、面倒なわけですよ。だから西暦で統一した方がいいわけだし、今更元号と言われてもという感じでした。それが4月1日に官房長官が「令和」と発表したその瞬間、その言葉の響きにとても反応して、急に気分が変わった。リセットした感じになりました。
平成は30年間ありました。僕が新聞記者になった年が1988年なので、改元されたときはまだ新人の1年生記者でした。因みにそのときは岐阜支局に居まして、いまの関市、当時の武儀町ですが、そこに時事通信が「平成」と同じ字面の土地があると言って特ダネを抜いたのですよ。「へなり」と読むのですが。

飯田)ここのところ、また報道されていますね。

「平成」元年の頃はバブルの熱気が続いていた

佐々木)それで「お前何やってんだ!」と本社から怒られて、平成に取材に行ったのを覚えています。新聞記者になってから30年が平成の30年だったなと。
思い出すと昭和から平成になったときは、これほどまで心ときめく感じは無かった。なぜかと言うと、89年でしょう? バブルの真っ最中です。その頃はまだ昭和の熱気が続いて欲しいという感じで、しかも昭和天皇がお亡くなりになった直後だったのもあって、それほど気持ちのリセット感はなかったですね。
でも平成は30年経って、けっこう辛い時代だったではないですか。

平成の30年は辛い時代だった~「令和」に持つ切ない期待感

飯田)経済的にも辛かったですね。

佐々木)戦争は確かになかったけれど、不況がずっと続き、格差社会化も進む状況のなかで「やっと平成が終わったか」みたいな感じです。「できれば次の時代はもう少し明るくなって欲しい」という期待を我々は持っているのだと思います。「令和」は響きの良い美しい言葉だし、いままでの大袈裟な元号ではなくて、「梅の花で皆気持ち良くて楽しいよね」と、朗らかな感じではないですか。これからそうなって欲しいという人々の切ない期待みたいなものが、凝縮されている感じがしますね。

飯田)切ない期待は確かにありますね。閉そく感の裏返しみたいなものですね。

佐々木)そうですよね。「令和の令は命令の令だ」と怒っている人もいますが、そうではなくて「令嬢」などに使われる「美しい」という意味なのですね。「良き人」とかね。「令和人」と呼ばれる人がこれから出て来るわけです。「昭和人」と言うと、別に昭和に生まれた人ではなくて昭和を作った人です。「平成人」は誰かと言うと平成に生まれた人ではなくて、僕らみたいに昭和に生まれて平成の時代を作った人。そうすると「令和人」は何なのか。これから生まれて来る子供だけではなくて、平成に生まれて現在20代とかで、「令和時代」を作る人です。後世、「令和人の人たちは本当に素晴らしい日本を作ってくれたよね」と言うので「令人」と呼ばれると良いのではないかと思います。

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