大人のMusic Calendar

本日4月8日は、桃井かおりの誕生日~強烈な個性で歌手としても唯一無二の世界を築く

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3月23日、NHK総合で90分のスペシャルドラマ『詐欺の子』が放送された。近年、社会問題となっている特殊詐欺(オレオレ詐欺、振り込め詐欺…)の実態を描いた話題作で、主演はいわゆる“かけ子”役の中村蒼。そのかけ子に騙されて、お金ばかりか家族まで失う72歳の女性を桃井かおりが演じていた。テレビドラマへの出演は2008年の『SCANDAL』(TBS系)以来、実に11年ぶり。「あの」桃井かおりが、特殊詐欺の被害に遭う老女役を演じる――。そう知った時は些か意外に思ったものだが、そこはさすがの存在感で、「息子の声も分からず、簡単に騙されてしまった」という自責の念にかられる被害者を迫真の演技で見せていた。そしてこのドラマで、桃井の夫を演じていたのが、誰あろう小倉一郎であった。

実はこの2人、上村一夫の漫画『同棲時代』をイメージしたオムニバスアルバム『同棲時代 春・夏・秋・冬~上村一夫の世界~』(73年)のナレーションを担当していた間柄。同アルバムから73年8月にリカットされ、桃井のデビューシングルとなった「六本木心中」(アン・ルイスのヒット曲とは同名異曲)では、「怖い…」(桃井)、「怖い?」(小倉)、「繰り返すことが、怖いの」(桃井)、「死んじゃおうか?」(小倉)という、いかにも『同棲時代』的なやりとりをイントロ部分で聴かせてくれるのだが、その2人が夫婦を演じていたことにニヤリとしたのは筆者だけだったろうか。


女優としてだけでなく、歌手やエッセイスト、近年は映画監督や大学客員教授など、多方面で才能を発揮する桃井かおりは、1951年4月8日生まれ。本日で68歳となる。父親が国際政治学者、母親がジュエリーデザイナーという、裕福な家庭に育った桃井は3歳からクラシックバレエを始め、中学時代に英国のロイヤルバレエアカデミーに留学。だが、白人との体型の違いに挫折を味わうと、帰国後は演劇に目覚め、文学座の養成所を経て、71年、『愛ふたたび』(監督:市川崑)と『あらかじめ失われた恋人たちよ』(監督:田原総一朗、清水邦夫)で映画デビューを飾っている。時代を体現する強烈な個性と確かな演技力で瞬く間に人気女優となった彼女は、映画のみならず、テレビドラマや舞台でも活躍。映画では藤田敏八、神代辰巳、黒木和雄、ドラマでは早坂暁、倉本聰、山田太一といった名匠たちに愛され、彼らの作品の常連として、トップ女優の座を確立していく。

その桃井が歌手としても顕著な実績を残していることは、意外と知られていないのではないか。女優としての輝きが強烈すぎるゆえ、致し方ない側面もあるが、前述の「六本木心中」で歌手デビューを果たして以来、これまでにシングルを20作、アルバムは14作(ライブ盤2作、カバーアルバム3作を含む。ベスト盤は除く)を発表。ライブも、79年の渋谷公会堂における初コンサート以来、82年には全国16都市を廻るツアーを成功させ、その後はジャズライブやディナーショーをたびたび開催するなど、「人気女優の余技」にはとても収まらない、精力的な活動を展開している。本稿ではアルバムをベースに、その足跡を振り返りたい。

歌手・桃井かおりの初期は、荒木一郎の存在を抜きにしては語れない。一時期、彼女のマネジメントを手がけ、プライベートでも親密な関係にあったという荒木は、77年9月にリリースされた1stアルバム『ONE』をプロデュース。荒木以外にも、佐藤博、井上鑑、西岡恭蔵など、気鋭のミュージシャンが参加した同アルバムは、まだヒット曲がなかったにも関わらず、オリコン27位をマークした。桃井自身も「少女」という作品で作詞を担当しているが、このセールス実績からも、当時の彼女が表現者として、いかに興味を引く存在であったかということが分かるだろう。荒木はその後も『TWO』(78年7月)、『WATASHI』(79年6月/全作詞:桃井かおり)、『しーんと淋しいネ・・・』(79年10月/全作詞:桃井かおり)、『FOUR』(80年11月)といったオリジナルアルバムに楽曲を提供。これらのアルバムに、かまやつひろし、ミッキー吉野、ブレッド&バター、鈴木茂、後藤次利、鈴木康博、ブレイク前の来生姉弟など、時代の先端を行くソングライターやミュージシャンたちが集結していたのは、初期の音楽的支柱であった荒木の力も大きかったに違いない。時に軽やかに、時にアンニュイに――。楽曲によって様々な表情を使い分ける桃井の歌唱は多くのファンを魅了。なぜかシングルではヒットに恵まれなかったが、これらのアルバムはいずれもチャートにランキングされる実績を残している。

そして81年、ついに初めてのヒット曲が誕生する。本人主演の連続ドラマ『ダウンタウン物語』(日本テレビ系)の主題歌に起用された「バイバイ子守唄(ララバイ)」(作詞・作曲:荒木一郎、編曲:西崎進)である。ミュージカルの1シーンを思わせる問わず語りと、コーラスとの掛け合いが楽しい同作はオリコン20位まで上昇。同年8月に発売された次のシングル「メイク23秒」(作詞:三浦徳子、作曲・編曲:筒美京平)は自主制作盤のため、大きなヒットにはならなかったが、資生堂のイメージソングに起用されたこともあって、シティポップに乗せた軽快な歌声がCMを通じて全国に浸透した。この時期、桃井は『FIVE』(81年7月)、『おもしろ遊戯』(82年2月/全作詞:阿木燿子)、『Show?』(82年11月)と、意欲的なオリジナルアルバムを立て続けに発表。シングルでも来生たかおとデュエットした「ねじれたハートで」(82年7月/作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:星勝)がオリコン13位まで上昇する自身最大のヒットを記録するなど、音楽面でも充実を極めることになる。




その後はペースを緩めながら、84年10月にはフランスのシンガーソングライター、ジョルジュ・ムスタキが全作曲を手がけた『愛のエッセイ』(作詞は桃井のほか、安井かずみ、阿木燿子が担当)でシャンソンに、86年9月には桃井が愛してやまないビリー・ホリデイの愛唱曲を笹路正徳のアレンジで歌う『KAORI SINGS THE LADY』でジャズに挑戦。90年代には「横浜Lady Blues」(原由子)や「予感」(中森明菜)など、邦楽のヒット曲をカバーした『More Standard』(93年10月)と『モダンダード』(94年6月)をリリースするなど、音楽的な幅を広げていく。近年は、拠点をロサンゼルスに移したこともあって、音楽活動からはやや遠ざかっている桃井だが、なかにし礼の作詞家生活50周年記念アルバム(2015年『なかにし礼と12人の女優たち』、2016年『なかにし礼と13人の女優たち』)では「グッド・バイ・マイ・ラブ」(アン・ルイス)や「心のこり」(細川たかし)を歌唱。類まれな表現力で、「桃井かおり、ここにあり」と聴く者を唸らせたが、そろそろオリジナル曲も聴いてみたい。そう思っているのは筆者だけではないだろう。

桃井かおり「六本木心中」「バイバイ子守唄(ララバイ)」「メイク23秒」「ねじれたハートで」ジャケット撮影協力:鈴木啓之

【著者】濱口英樹(はまぐち・ひでき):フリーライター、プランナー、歌謡曲愛好家。現在は隔月誌『昭和40年男』(クレタ)や月刊誌『EX大衆』(双葉社)に寄稿するかたわら、FMおだわら『午前0時の歌謡祭』(第3・第4日曜24~25時)に出演中。近著は『ヒットソングを創った男たち 歌謡曲黄金時代の仕掛人』(シンコーミュージック)、『作詞家・阿久悠の軌跡』(リットーミュージック)。

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