小豆島の映画村にあの日のまま輝き続ける『二十四の瞳』 「あけの語りびと」(朗読公開)

高峰秀子㊧と松山善三夫妻

高峰秀子㊧と松山善三夫妻 写真提供:産経新聞社

先月8月27日、映画監督で脚本家の松山善三さんが91歳で亡くなられました。
助監督を務めた「二十四(にじゅうし)の瞳」で主演の高峰秀子さんと出会い、結婚。
おしどり夫婦として知られていましたね。

二十四の瞳,映画村,村の風景

二十四の瞳映画村の風景

「二十四の瞳」といえば、舞台は瀬戸内海に浮かぶ小豆島。
ここにオープンした『二十四の瞳映画村』は、まるで映画の中に入り込んだようなテーマパークで、多くの映画ファンが訪れています。
小豆島の分校に赴任した若い女性教師、大石先生と、12人の教え子との心温まる交流、そして戦争の悲劇を対象的に描いた感動作。
昭和29年、いまから62年前の明日9月15日に公開されました。

映画の中で、小学1年生と、成長した6年生を描くために、顔がよく似た兄弟・姉妹を、新聞広告で募集したところ、全国から1,800組の応募があったそうです。
それに応募したのが「渡辺五雄(ゆきお)」さん、今のお歳は71歳。

二十四の瞳,渡辺五雄

渡辺五雄さん

「新聞広告を見た父から、すぐ上の兄と、末っ子の私が呼ばれ、(お前たちは四男と五男だから、大きくなっても親を当てにするな。だから、こういう経験をしたほうが、いいぞ)と言われ、小学一年の私は、何もわからず、ただうなずくだけでした。」

さっそく、新宿の百貨店で、服を買ってもらい、写真屋さんで撮影。
書類選考に通り、大船撮影所で、木下恵介監督やスタッフの面接を受け、最終選考に合格したのが、昭和28年の夏のことでした。

小豆島での撮影は、翌年の昭和29年の3月から2ヶ月間。
子供たち24人と、その母親たちとで、島の旅館に合宿しました。

朝、旅館にバスが着き、ロケ地へ向かいます。
お昼には、お弁当が出て、10時と3時は、おやつの時間。
雲の位置が悪いとか「太陽待ち」とか、木下監督のこだわりで、撮影がしばしば中断しました。
退屈した時は若くて優しい助監督の松山善三さんが遊び相手でした。

「毎日、バスに乗って出かけるから、遠足気分でしたね。目の前には、波もなく、静かな海が広がって、都会育ちの自分たちは、海で遊びたくて、撮影が中止にならないかとばかり、考えていました。」

いざ撮影が始まると、木下監督の眼光が鋭くなり、「ヨーイ、スタート!」の掛け声とともに、カチンコが鳴って、「ジジジジジーーーッ」と、カメラのフィルムが回る音。
まぶしいラフ板に照らされて演技します。

二十四の瞳,電車ゴッコ

二十四の瞳 高峰秀子電車ゴッコ ©松竹株式会社

「はい、カット!」。

少し間があり、木下監督の「オッケー!」が出ればホッとして、「やり直し!」なら、がっくり。
渡辺さんは、女の子に優しい聡明な少年「竹下竹一(たけいち)」役。
映画の中では、縦縞の着物を着ていました。

「ある朝、なぜか、朝ごはんが出ないんです。腹ペコにさせたほうが、うどんをうまそうにすするから、と、木下監督が考えたそうです。映画を観ると、夢中で食べている、まさに迫真のシーンが出てきます。」

あれから62年。24人の子供たちも、おじいちゃん、おばあちゃんになりましたが、同窓会を開くと、「竹一くん」「マッちゃん」と、役名で呼び合い、まだまだ、皆さん、お元気だそうです。
淋しいのは、大石先生が、いないこと…。
でも、思い出は、あの日のまま、輝き続けています。
最後に、62年前、渡辺さんへ、いえ、竹一少年に届いた大石先生の手紙を、原文のまま、ご紹介します。

おてがみ、どうもありがとう。
ボーズあたまの毛は、すこしは、のびましたか。
2ヶ月も休んで、学校へ行ったら、べんきょうが、よくわからなかったでしょう?
たくさん、べんきょうして、とりもどして下さい。
竹一さんは、一番、おりこうだから、すぐです。
大石先生は、まだ、あと20日もこちらにいます。
おふねで、みんなが帰ったとき、5色のテープがヒラヒラ、かぜに散って、きれいでしたね。
そして、うれしいけれど、すこし、さびしかったですね。
竹一さんがおおきくなっても、きっといいおもいでになったでしょう。
6月にまた大船であいましょう。げんきで、おべんきょう、なさいね。
こちらは、今日もおてんきが わるいです。
竹一さん  大石先生

二十四の瞳,映画村

2016年9月14日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

p060
小豆島町田浦地区よりさらに700M南、瀬戸内海を見渡す海岸沿い約1万平方Mの敷地に大正・昭和初期の小さな村が出現しました。
これは、映画「二十四の瞳」(監督:朝間義隆、主演:田中裕子)のロケ用オープンセットを改築したもので、あの名場面がここで撮影されました。
木造校舎、男先生の家、漁師の家、茶屋、土産物屋・・・。
また、壺井栄文学館では、生前壺井栄が愛用していた調度品や各作品の生原稿などを展示しており、映画館「松竹座」では、「二十四の瞳」を常時上映しています。
「キネマの庵」では、1950年代日本映画の黄金期の名作の数々を映像と写真で紹介したギャラリーや、アルマイトの食器が懐かしい給食セットが楽しめます。

24hitomi_001
ギャラリー松竹座a

●お問い合せ先:TEL 0879-82-2455  FAX 0879-82-1824
●入村時間 AM9:00~PM5:00(但し、11月AM8:30~PM5:00)
●休村日 なし

詳しくはこちら>
二十四の瞳映画村