上田駅「真田御膳」(1,080円)~真田と望月・滋野三家の話 【ライター望月の駅弁膝栗毛】

しなの鉄道115系,滋野駅

しなの鉄道115系 滋野駅にて

平成9(1997)年の新幹線開業と共にJRから移管された第3セクターの「しなの鉄道」。
当初の「軽井沢~篠ノ井」間に加え、去年(2015年)からは長野~妙高高原間が「北しなの線」として移管されました。
日中は普通列車を中心に概ね1時間に1~2本の運行で、時々「快速」や観光列車「ろくもん」などが運行されます。
今回は上田から軽井沢方面へ4駅の「滋野(しげの)駅」にやって来ました。
この「滋野」という名前、話題の真田氏は勿論、実は私「望月」にとっても縁のある名前です。

真田十勇士,望月六郎

真田十勇士・望月六郎

上田城~上田市役所の通りに「真田十勇士」の案内板が建っています。
創作とも言われますが、この1人に挙げられるのが「望月六郎」。
実は真田氏も望月氏もルーツを辿っていくと、元々、上田周辺にいた「滋野氏」に辿り着きます。
「滋野氏」は「海野氏」「望月氏」「禰津(根津)氏」に分かれ「滋野三家」と呼ばれました。
真田氏は「海野氏」のルーツを継いでいるといわれています。

望月城跡

望月城跡

「望月氏」が拠点としたのが、今は佐久市(長野県)となっている旧中山道「望月宿」があった付近。
「望月氏」の直系は武田軍の信濃侵攻に抵抗して滅亡するも、親族・子孫は真田氏や武田氏の配下に入って、主に甲斐から駿河の富士川流域に逃れていきました。

私を含め、今の「望月姓」の多くは、静岡や山梨出身だったりしますよね。
実際、我が望月家は九曜の家紋。
また先祖の家がある静岡県富士宮市内房の大晦日(おおづもり)には、真偽の程は定かではありませんが、大坂夏の陣で真田信繁と共に討死した望月氏の子孫が隠れたと記述する文献もあります。
(参考:「望月氏の歴史と誇り」「由比町の歴史」ほか)

北国街道,海野宿

北国街道・海野宿

一方、滋野駅のお隣・田中駅から歩いて10分ほどの所にあるのが、旧北国街道「海野宿(うんのじゅく)」(長野県東御市)。
ココは伝統的な家並みが今も保存されていて「日本の道百選」や「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
海野氏が拠点としたのがこの辺りと言われ、近くには海野氏・真田氏共通の氏神を祀った神社もあるんですね。
そして「六文銭」は真田氏だけでなく、本家の海野氏の家紋でもあるわけです。

真田御膳

真田御膳

そんな真田ゆかりの上田駅弁といえば「ひしや弁当店」の「真田御膳」(1,080円)。
平成9(1997)年10月の北陸新幹線・長野開業と共に登場。
一時お休みしましたが、平成25(2013)年から再び販売されています。
上田城と上田の山並みが描かれた包装の中身は、地場食材を使った会席風駅弁と紹介されています。

さぁ、気になる中身は?

真田御膳

真田御膳

ふたを開けると、きのこ御飯と白飯の「六文銭」が登場!
おかずは信州牛のしぐれ煮、地鶏の照焼き、鮒の甘露煮、山菜と杏の天ぷら、金時芋、わさび漬などがずらりと並びます。

望月は「別所温泉」が大好きで、年4~5回、別所温泉通いをしていたこともあります。
実はこの上田へ行くたびに、帰りの新幹線では「真田御膳」!
派手過ぎず、地味過ぎず、不思議と時々欲しくなる駅弁。
駅弁って、この「時々欲しくなる」というのが大事なんですよね!

しなの鉄道115系,信州色

しなの鉄道115系

大河ドラマではしばしば「真田は一つ」という言葉が使われています。
最終的には真田昌幸の嫡男・信幸(信之)が松代藩への転封は受けるものの、幕末まで真田氏は大名として続きました。

一方、望月氏は甲斐から駿河にかけて広く定着したといわれ、もし甲斐から駿河へ通り抜けようとした場合、「望月氏」のネットワークだけを頼って通り抜けることも出来たといいます。
私が通った学校でも五十音名簿を作ると、出席番号の後半が「望月」だらけでした。

途絶えないよう策をめぐらせた真田、どんな立場でも数を増やした望月。
形は違っても同族の結束力(血を繋ぐ執念)は「滋野三家」共通なのかも!?

ドラマをきっかけに真田氏に興味を持たれたなら「しなの鉄道」の115系電車に揺られながら、沿線の「滋野三家」ゆかりの地も訪ねてみてはいかがでしょうか。

(取材・文:望月崇史)

ライター望月の駅弁膝栗毛