大人のMusic Calendar

5000年後の未来に贈られる「世界の国からこんにちは」

【大人のMusic Calendar】


ゴダイゴが1979年6月25日にリリースした通算5作目のアルバム『OUR DECADE』は、80年代を目前にもう一度70年代を振り返るというテーマに沿って、70年代の様々な社会的事象を歌い込んだ楽曲で構成された意欲的なコンセプト・アルバムだった。

ゴダイゴ屈指の名盤の誉れ高いこのアルバムのオープニングを飾ったのは、奈良橋陽子作詞・タケカワユキヒデ作曲・ミッキー吉野編曲による「Progress And Harmony」という作品で、曲名は今から49年前の今日1970年3月14日から9月13日にかけて、大阪府吹田市の千里丘陵で開催された日本万国博覧会(通称・大阪万博)のテーマ「人類の進歩(Progress)と調和(Harmony)」に由来する。


戦後日本の高度経済成長を象徴する国家イベント・プロジェクトとしては、64年の東京オリンピック以来のものであり、アジアで開催された初の国際博覧会でもあった大阪万博(EXPO’70)。米国に次ぐ経済大国となった日本を国際的に誇示するかのように、万博史上最大規模の77カ国(日本を含む)が参加し、開催期間中の総入場者数は約6500万人(2010年の上海万博に抜かれるまで最多記録)に及んだ。

会場には各国・企業などが意匠を凝らしたパビリオンが建ち並び、近未来都市の風景演出を競い合う“建築デザインのオリンピック”的な側面も窺えたが、そんな中で誕生した建築物としてお馴染みなのが、大阪万博のアイコンとも言える『太陽の塔』(岡本太郎デザイン)を取り囲むように掛けられた大屋根(丹下健三デザイン)の下に設けられた、4万人収容可能な巨大スペース「お祭り広場」と、そこに続くシンボルゾーンに建てられた1500人収容のコンサート・ホール「万国博ホール」(通称・万博ホール)だろう。

この二会場と水上ステージ、各国パビリオン等には、ジャズ、クラシックから、ポピュラー、民族音楽まで多彩なジャンルの国内外アーティストたちが出演。ポピュラー系外タレでは、アマリア・ロドリゲス、ジルベール・ベコー、サミー・デイヴィス・ジュニア、アンディ・ウィリアムス、ライトハウス、フィフス・ディメンション、ブラザース・フォア、セルジオ・メンデス&ブラジル66、メリー・ホプキンなどが公演を行なっている。

この中で、セルジオ・メンデス&ブラジル66は、4月5日の万博ホールでのステージをライヴ・レコーディングしたアルバム『ライヴ・アットEXPO’70』を万博開催中の7月10日にリリース。オリコン・アルバム・チャートの14位まで上るヒットとなり、英国、オーストラリアでも発売された。


また、セルジオ・メンデスは万博公演に妻のグラシーニャ・レポラーセがヴォーカリストとして参加し、日本でも「サン・ホセへの道」がヒットしていたグループ「ボサ・リオ」をオープニング・アクトとして起用。彼らのステージもライヴ・レコーディングされ、アルバム『ボサ・リオ・ライヴ・アットEXPO’70』としてセルジオ・メンデス盤と同時発売されている。

7月4日~7月7日の4日間、万博ホールで昼夜2回公演を含む計7ステージの公演を行なったのがメリー・ホプキン。同じアップル所属のソングライティング・コンビであるベニー・ギャラガーとグレアム・ライル(のちにマクギネス・フリント~ギャラガー&ライルを結成)が同行し、コーラスやギターで彼女をサポートした。このライヴの模様はビデオ収録され、7月12日にテレビ特番で放送されている。

カナダのロック・バンド「ライトハウス」はカナダ館のアトラクション出演のために来日。ある日、お祭り広場のロック・イベントに出演していたフラワー・トラヴェリン・バンド(FTB)と親しくなり、これがきっかけとなってこの年の12月にFTBはカナダに遠征。翌71年からライトハウスのツアーにオープニング・アクトとして同行し、やがてメインのライトハウスを喰ってしまうほどの人気を博した(2015年08月6日付の本コラム参照)。国際交流の祭典・万博が日本ロック海外進出に一役買ったというわけだ。

ところで、親日外タレの代表格ベンチャーズが万博開幕直前の70年2月25日にリリースした「京都の恋」は、もともと大阪万博を記念して誕生した楽曲で、作曲時のオリジナル英題はそのものズバリの「EXPO’70」。何故か発売時に英題が「Kyoto Doll」と、大阪のお隣の地名に変更となり、邦題も「京都の恋」に。それでも日本盤シングルのジャケットには「万博記念盤」と大きく記載されていた。


「京都の恋」は20万枚を超えるセールスを記録。同年5月25日にリリースされた渚ゆう子によるヴォーカル・カヴァー盤もオリコンNo.1ヒットとなり、この年の7月20日から8月4日にかけてベンチャーズは8度目の来日ツアーを果たす(ゲストは渚ゆう子)。東京、名古屋、小倉、神戸、京都、広島、佐世保など全国13カ所を廻るスケジュールの中で、7月25日には大阪にも行っているのだが、公演場所は何故か万博会場ではなく大阪厚生年金会館だった。「万博記念盤」楽曲が肝心の万博会場で演奏されることは無かったのである。

そんな大阪万博がらみの音楽作品といえば、やはりこの曲を忘れてはならない。EXPO’70アンセムとも言える「世界の国からこんにちは」である。大阪万博の準備がスタートしたのは、東京オリンピックの翌年(1965年)からだが、その中で毎日新聞社が公式テーマソングの歌詞を公募。童謡系の作詞家だった島田陽子(あの女優とは同名異人)の応募作が当選した。

この歌詞に中村八大が曲を付け、三波春夫が歌ったのが「世界の国からこんにちは」で、67年3月にテイチクよりリリースされた。「東京五輪音頭」に続いて国家プロジェクトのテーマソングを歌う栄誉に輝いた三波は、ここに“国民的歌手”の地位を不動のものとしたのである。


三波の歌う“本命盤”以外にも、坂本九(東芝)、吉永小百合(ビクター)、弘田三枝子(コロムビア)、叶修二(ポリドール)、西郷輝彦(クラウン/B面は倍賞美津子ヴァージョン)、ボニージャックス(キング)、山本リンダ(ミノルフォン)と、各社で競作盤が作られ、三波盤の売上枚数140万枚を含めて、総売上は300万枚を超える大ヒットとなった。





ちなみに、万博開催を記念して大阪城公園にタイム・カプセルが埋められ(開催から5000年後の6970年に開封予定)、その中には「世界の国からこんにちは」のレコードも収納されたが、タイム・カプセルの製造元が松下電器(現パナソニック)だったこともあって、系列会社であるテイチク盤(三波春夫)とビクター盤(吉永小百合)が収められたという。


さて、2025年に再び大阪の地での万博開催が決定されたが、今度はどんな公式テーマソングが生まれるのだろう?「世界の国からこんにちは」の2025リメイク・ヴァージョンなんていうのも面白いのではないかと思うのだが…。

ベンチャーズ「京都の恋」三波春夫(テイチク)坂本九(東芝)吉永小百合(ビクター)弘田三枝子(コロムビア)西郷輝彦(クラウン)山本リンダ(ミノルフォン)「世界の国からこんにちは」『1970年のこんにちはEXPO’70 REVISITED』ジャケット撮影協力:中村俊夫&鈴木啓之

【著者】中村俊夫(なかむら・としお):1954年東京都生まれ。音楽企画制作者/音楽著述家。駒澤大学経営学部卒。音楽雑誌編集者、レコード・ディレクターを経て、90年代からGS、日本ロック、昭和歌謡等のCD復刻制作監修を多数手がける。共著に『みんなGSが好きだった』(主婦と生活社)、『ミカのチャンス・ミーティング』(宝島社)、『日本ロック大系』(白夜書房)、『歌謡曲だよ、人生は』(シンコー・ミュージック)など。最新著は『エッジィな男 ムッシュかまやつ』(リットーミュージック)。

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