あけの語りびと

『ぼけますから、よろしくお願いします。』~介護の現場と両親の想いを克明に映すドキュメンタリー

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

(C)「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

いま、全国で介護を必要としている人は、およそ644万人。そこには介護をする人とされる人、それぞれ644万通り、合わせて1,288万通りの物語があります。

ドキュメンタリー番組のディレクター、信友直子さんがカメラを向けたのは、ふるさと広島県呉市に住む87歳の母・文子さんと、95歳の父・良則さんでした。文子さんは4年前、アルツハイマー型認知症を発症しています。

この年老いた両親の日常のありのままを写したドキュメンタリーがいま、1本の映画となり、大きな反響を呼んでいます。
映画のタイトルは『ぼけますから、よろしくお願いします。』

(C)「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

一人娘の直子さんは1984年、東京大学文学部を卒業後、森永製菓に入社。広告部に配属されます。折しも起きた「グリコ・森永事件」の取材を受けるうちに、取材をする側の仕事に興味を感じ 、ドキュメンタリー番組制作の道に入りました。

これまで制作したドキュメンタリーは、およそ100本。その何本かは、放送文化基金賞奨励賞、ニューヨークフェスティバル銀賞、ギャラクシー賞奨励賞などを受賞しています。

特に、45歳のときに発症した乳がんの闘病記『ザ・ノンフィクション おっぱいと東京タワー〜私の乳がん日記』は、内外で大きな評価を受けました。
母親の文子さんは呉から上京して、恐怖におののく娘に寄り添い、優しさとユーモアで包んでくれました。抗がん剤治療で髪がほとんど抜けてしまった直子さんに、母親は言います。

母「こっちむいてニッコリ笑って。うん、かわいい」直子さんは聞きます。
娘「かわいそうなことない?」母親は満面の笑みで答えます。
母「かわいい」

直子さんは、当時を振り返って言います。「あの作品がなかったら、今回のドキュメンタリーも撮れなかったでしょう」
家族の有難さ、家族の強さ、家族の温かみ。そういうものを痛感した直子さんが「家族の想い出」を残すために、両親にカメラを向けたのは、この頃から。しかし、ファインダー越しに見えたのは、少しずつ変わって行く母の姿でした。

(C)「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

お母さんの文子さんは、若い頃から社交的で家事と洋裁が得意でした。直子さんの幼い頃の写真は、ほとんどがお母さんの手作りの洋服を着ています。子育てを終えた頃から書道をはじめ、70代からは神戸の有名な書家の所へ通い、2007年には四大書道展の1つ「読売書法展」で特選に選ばれました。

その生きがいだった書道を「やめる」と言い出したのは2011年のこと。最初は、神戸まで通うのがしんどくなったのだろうと思ったそうです。
ところが、その3年後。病院で認知症の診断が下されます。

「私は、だんだんバカになってきよる」と、ふさぎ込むことが増えて「どうしたら、いいんかねぇ」と、すがるような目で夫や娘を見つめます。

*洗濯物を廊下にバラまいて、その上に寝込んでしまう。
*デイケアサービスやホームヘルパーを激しく拒否する。
*「みんなで私を邪魔にする」「もう、死にたい」と、うめく。

壊れていく母親をカメラにおさめるディレクターの直子さんと、すぐにでも抱きしめてあげたい一人娘の直子さんの激しい葛藤の末に、このドキュメンタリー映画は完成しました。直子さんは言います。

「もちろん辛くて、何度もカメラを止めようと思ったことがあります。でも、そんな姿を写すのは1度きりと決めたんです。2度目のときは、もちろんすぐに手を差し伸べました」

さまざまな葛藤を抱えながらも、カメラを回し続けた直子さん((C)「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会)

直子さんは、呉に帰ることも検討したそうです。しかし、90歳を超えた父親の良則さんは、頑としてこう言ったそうです。

「介護は、わしがやる。あんたはあんたの仕事をせい!」

家業の米屋を継ぐため、京都大学で言語学を学ぶ夢をあきらめた良則さんは、いまも新聞記事を切り抜き、分厚い広辞苑を開く学究肌の人。そんな父親にとって、ドキュメンタリーを撮り続ける一人娘は、たった1つの自慢であり、自分の夢とプライドの支えなのかも知れません。

父・良則さんは直子さんに仕事を続けることを勧めてくれた(C)「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

すでに腰が「く」の字に曲がった良則さんは、掃除、洗濯、買い物、料理、ゴミ出し、そして裁縫まで、初めての体験に挑戦しています。買い物帰り、両手に下げた白いレジ袋を地面におろし、切れた息を整えている姿…。

直子さんは、パンフレットにこんなふうに記しています。
『カメラを向けて初めて気づいた。両親がお互いを思い合っているということ』

夫婦で大のコーヒー好きだというお二人(C)「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

映画のタイトル『ぼけますから、よろしく お願いします。』は、去年のお正月、文子さんが冗談めかしてつぶやいた言葉です。しかし、今年9月30日、脳梗塞に倒れて現在は入院中。良則さんは気が抜けたのか、居眠りをしていることが増えたそうです。

先日、声をかけたら「お母さんが帰ってきた夢を見よったわ」…と、照れくさそうに笑ったといいます。

(C)「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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