あけの語りびと

米寿まで走り続けたい!『世界マスターズ陸上』で金メダルに挑む70歳

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

獲得したメダルを掲げる 相羽吉男 さん

福生市にお住いの相羽吉男さんは、70歳。定年後も非常勤務で月8日、タクシードライバーをされています。
月8日と言っても、朝6時から日付が変わる深夜1時まで勤務。朝方に帰宅して、好きなお酒をちょっと飲んで、布団に入ります。

目がさめると自分の時間……近くの陸上競技場に出かけて、1人でトレーニングを始めます。ストレッチをした後、スタートダッシュを繰り返し、100mを2本、200mを2本、どちらも全速力で走ります。さらにきつい400mを走り、たっぷりと汗をかいて終了……。実は相羽さん、マスターズで活躍する短距離選手なんです。

相羽さんの脚には、鍛えられた筋肉がくっきりと浮かぶ

昭和23年、新潟県妙高市に生まれた相羽さんは、小さい頃から走るのが得意! やんちゃな子供だったそうです。
運動は好きですが、勉強は嫌い。中学を卒業すると上京し、印刷屋さんで働きました。その後、いくつか仕事を変えて、23歳からタクシードライバーを続けています。

地元・福生市で開かれる体育大会に知人に誘われて、35歳の頃から100mに出場していた相羽さん。当時は100mを12秒6で走っていました。

「いくら足が速くてもトップアスリートにはかないません。でも年を取ったら、かつてのトップアスリートに勝てるんじゃないか、そう思ったのが59歳のとき。東京都のマスターズに入ってみたら? と勧められて会員登録したんです。そして東京都の大会に出場したら、優勝しちゃって、初めての表彰台でメダルを首にかけてもらったときの気持ちは最高でした!」

大切に保管されている銅メダル

59歳から、週に2回、本格的に短距離の練習を始めた相羽さん。次に目指したのは全国大会でした。
「全国には同じ年で、まだまだ足の速い人が大勢いるんですよ。上には上がいるんだな、と張り合いが生まれましたね。年に1度顔を合わせ、お互いの脚力を競い、また会いましょう! そして、次の大会に向けて練習に励むんです」

「世界マスターズ陸上」でのお写真

「全日本マスターズ陸上」では60代で、100m・200m・400mで日本チャンピオンに! そして次に目指したのが、「世界マスターズ陸上」でした。

2009年、フィンランドで開かれた大会。男子60歳から64歳の部に、61歳で出場し、200mで銅メダル!

各国の精鋭たちとともに走る

「世界チャンピオンも夢じゃない」と、2015年、意気揚々とフランス・リヨン大会に出場……65歳から69歳の部に、67歳で出場し、得意の200mを走ります。ところがラインを踏んでしまったため、まさかの失格!

「がっくり肩を落とす私に、外国人ランナーが励ましてくれたんです。彼とはいまも、苦手な英語で文通をしているんですよ。そんな友人が海外に何人かいます」

海外ランナーと並んだ集合写真。全員すてきな笑顔だ

そして今年9月、スペインで開催された「世界マスターズ陸上2018」に、70歳で出場……。
「今回は群馬の横手山で高地トレーニングを重ね、準備万端で乗り込んだんですが、スペインまでの長旅と時差ぼけで、初戦の100mは力が出せないまま8位。惨敗でしたね」

「まだ始まったばかりだ」と気合を入れ直した相羽さん! 得意の200mで銅メダル、300mハードルでは銀メダル! そして、400mリレーと1,600mリレーで、金メダルを獲得!
1,600mリレーは5位でバトンを受け、3人を抜き、優勝に貢献。このリレーで日本新記録の4分45秒85をマークしました。

「世界マスターズ陸上」でのハードル走のようす

相羽さんは168センチ60キロ。ふくらはぎの筋肉は盛り上がり、日に焼けて元気そのものです。ところが、若い頃からお酒が大好きで、糖尿病の予備軍……去年の人間ドックでとうとう「糖尿病」と診断されてしまいました。

「糖尿病とうまく付き合いながら走って行きたいですね」と言う相羽さんは、早くに奥様を亡くされて1人暮らしを続けています。いまの夢は、小学2年生と幼稚園の孫娘の結婚式に出ること。そして88歳の米寿まで元気で走って、個人で金メダルを取ること。

好きな言葉は、メキシコオリンピック銀メダリスト・マラソンの君原健二さんの言葉だそうです。
「人より、ちょっとの汗を……」

上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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