未来の自動車も“平和産業”であれ

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「報道部畑中デスクの独り言」(第94回)では、ニッポン放送報道部畑中デスクが、自動車技術における軍事利用と平和利用について、自動車産業の歴史を交えて解説する。

未来の自動車も“平和産業”であれ

日本の次世代自動車技術はどこに行く?(トヨタ・コンセプトアイ 2017年東京モーターショーから)

中川良一、百瀬晋六、長谷川龍雄…自動車ファンの間では伝説の人物として知られています。

日本の自動車産業は異業種から参入した企業がいくつもあります。トヨタ自動車やスズキも元は織機の会社、マツダはその前身が「東洋コルク工業」という社名でした。自動車以外の輸送機器から進出したメーカーも多く、三菱自動車工業は三菱重工業からの独立、SUBARU=スバルはつい最近まで社名は富士重工業でしたが、そのまた前身は軍用飛行機「隼」「疾風」などを製造していた中島飛行機です。

日本の航空機産業は戦前、中島飛行機に三菱重工業、川崎重工業などが主体でしたが、戦後はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による航空機の生産・研究禁止という政策により、製造への道が一時、断たれます。なかでも中島飛行機は10数社に分割され、軍事分野からの転換を余儀なくされました。

未来の自動車も“平和産業”であれ

SUBARUのマーク 1つの大きな星に小さな5つの星があしらわれている(東京都内で撮影)

このうちの5社(富士工業、富士自動車工業、大宮富士工業、宇都宮車輛、東京富士産業)が共同出資により富士重工業を設立、その後、合併を経て富士重工業に統合され、自動車事業に参入します。スバルという名称はプレアデス星団の和名「すばる」に由来します。この星団は肉眼では6個の星が集まって見えるため、通称「六連星(むつらぼし)」と呼ばれます。

企業のマークは楕円形。なかには大きな星が1つ、その周りに小さな星が5つあしらわれていますが、これはまさに「六連星」、大きな星=富士重工業を核に、上記の5社が連なっていることを意味しています。

一方、飛行機の分野ではもう1つ、立川飛行機という会社がありました。上記の「隼」を委託生産していたことでも知られていますが、こちらも戦後はGHQによる工場接収により、従業員は解雇。エンジニアたちは東京電気自動車(その後、たま自動車に改称)を設立して、今日の電気自動車の基礎をつくります。たま自動車はその後、中島飛行機が分割されてできた10数社のうちの1社、富士精密工業と合併してプリンス自動車工業に。さらにプリンスは日産自動車と合併し、現在に至ります。

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戦後量産された東京電気自動車(後のたま自動車)による電気自動車 日産リーフのルーツと言われる

前置きが長くなりました。冒頭の3人はいずれも飛行機から自動車の世界に身を転じたエンジニアなのです。中川さんは中島飛行機出身、その後、プリンスの技術部門を統括し、日産の専務を歴任します。百瀬さんも中島飛行機出身、富士重工業に転じ 、「スバル360」などの名車を生み出しました。そして、長谷川さんは立川飛行機出身、トヨタ自動車で初代カローラの主査などを務めました。まさに日本の自動車史に残るエンジニアと言えますが、こうした転身をした人は少なくなかったと思います。

日本とドイツはともに敗戦国で、その経験はモノづくりのカタチに大きな影響を及ぼしました。航空機産業の歴史について詳細は控えますが、ドイツは戦前も卓越した技術を持っていたことに加え、戦後、動力を持たないグライダーの技術をつないだことで復興を遂げたと言われています。

これに対し、日本は戦後「YS-11」を生み出し、現在は三菱航空機や本田技研工業などが小型ジェット機の開発に汗を流しています。しかし、敗戦の影響は尾を引き、この分野では欧米の後塵を拝しているのが現状です。それ自体は大変残念なことだと思います。

未来の自動車も“平和産業”であれ

長谷川龍雄さんが開発主査を務めた初代トヨタ・カローラ

一方で、日本の自動車産業においては、軍事分野から転じたエンジニアたちが今日の隆盛の一端を築いたことは間違いありません。朝鮮戦争特需の影響など、様々な背景もありますから一概に断定はできないものの、技術的視点で誤解を恐れずに言えば、自動車産業は日本にとって「平和の象徴」なのではないかと私は思います。

なお、その発展は「負の側面」も生み出しました。戦後の自動車社会は環境問題やオイルショックという困難な問題に直面します。また、多発する交通事故は「交通戦争」とも呼ばれました。使い方によっては「走る凶器」とも呼ばれます。これらの課題はいまも立ちはだかっています。

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自動運転技術は日進月歩だ(日産IMx 2017年東京モーターショーから)

電動化、自動運転、コネクティッドといった次世代自動車技術は、こうした課題に対する回答を出すための競争と言ってもいいでしょう。もっとも、この技術も使い方によっては軍事転用される素地はあります。セキュリティの隙を突いたサイバーテロ、あるいは無人運転が実現すれば、自爆テロ=走る爆弾にもつながります。

私たちが当たり前のように活用しているカーナビゲーションも、その核になるものはGPS(全地球測位システム)というアメリカの軍事技術の民生利用でした。技術というものは軍事利用と平和利用が“表裏一体”である…これは宿命なのかもしれません。要は人間がどう活用するかにかかっています。

「100年に1度の大変革の時代」と言われる自動車産業ですが、未来の自動車市場もどうか「平和の象徴」でありますように…激しい開発競争のなかでもその思いは持ち続けていただきたいものです。(了)

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