あけの語りびと

「僕が語るのは『いま』なんです」引きこもりの人々に寄り添うソーシャルワーカー

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

あなたがいまの仕事を選んだキッカケは、何だったでしょうか?
「家業を継いで」「親の勧めで」「友だちと相談して」「かっこいいから」「お金が儲かりそうだから」「ただ、何となく」…様々あるでしょう。私がアナウンサーの道を選んだキッカケは、高校の先生の一言でした。

さて、山梨県中北保健福祉事務所に勤務するソーシャルワーカー、芦沢茂喜さんが今の道に進んだのは、偶然に目撃した光景がキッカケでした。

学校の教師を志した芦沢さんは、ある大学の教育学部への願書を書き終え、ホッとしたせいもあって、駅前にふらりと出かけました。そのとき目に留まったのが、障がい者の方たちが募金活動をする姿でした。

(あの人たちは何で、お金を集めているんだろう?)
(あのおじさんは何でいま、募金しないで通り過ぎたんだろう?)

次から次へと湧いてくる疑問と共に、その光景を見つめていた芦沢さんは、自分がいま、大変な間違いを犯しているような気分になったといいます。
そして、すぐさま家に帰ると、せっかく用意した入学試験の願書をビリビリと破り捨てたといいます。芦沢さんは振り返ります。
「もしもあのとき、募金をする人たちに出会わなかったら、僕の人生も変わっていたんでしょうねぇ」

芦沢さんが選んだ学校は、国際医療福祉大学医療福祉学部。その後、東京都立大学と信州大学の大学院で学びますが、ソーシャルワーカーとして現場に立つ自信は、まだ無かったといいます。
もう少し時間が必要だと、非常勤の仕事などを重ねるうちに、新しい勤務地が決まりました。それは、民間の精神病院。この病棟で出会った高齢の患者さんのことを、芦沢さんは今も忘れません。

その患者さんは入院歴50年。年齢は70歳を超えていました。
戦後日本の高度経済成長期も知らず、経済繁栄の恩恵を味わうこともなく、ただ病棟のなかで過ごしてきた人でした。

芦沢さんは研修期間を終えて、そのおじいさんに挨拶に行ったそうです。すると、おじいさんはゆっくりとお辞儀をして、こう言ったといいます。
「芦沢さんの将来には、大変なことがあるかも知れない。でもね、夢と希望をもって、頑張って下さい」
おじいさんの口から出た「夢」と「希望」という言葉に胸を打たれて、芦沢さんは、返事ができませんでした。

芦沢さんはいま、引きこもり問題のソーシャルワーカーとして勤務しています。
2015年の山梨県の調査によると、県内ではおよそ800人が引きこもり状態にあると推定され、小・中学から10代、女性、中高年も多いそうです。

芦沢さんが担当する人数は、およそ40名。周囲からの「引きこもりなんて、甘えだ」「自己責任だ」という批判が少なくないなか、芦沢さんと彼らの交流は、家庭訪問から始まります。

本人には会えなくて当たり前。通い始めて2年間も会えない場合もあるし、2~3回で会えることもあります。芦沢さんは言います。
「僕が語るのは、いつも『いま』なんです。ご家族は将来を心配します。本人は、過去について強いこだわりを持っています。だから僕は『いま』! いま、何に興味を持っているのか? 何が面白くて、何が問題なのか? 過去も未来も関係ない。『いま』のことだけについて語らうんです」

会えないときは、手紙を置いて帰ってきます。「何月何日、また来ます。芦沢」。この手紙を読んで壁をたたいたり、会いたくないと逃亡したりするのは、近々会えるという兆候。芦沢さんの胸に希望の灯がともります。

家庭訪問に向かう車のなかには、コーヒーミル、ゲーム機、CD、マンガなどを積み込みます。彼が今、興味を感じているものを交流の突破口にするためです。

就労支援の取り組みで、コンビニ店のアルバイトを始めた彼は、レジ打ちが出来るようになりました。
芦沢さんは何気なく、彼が担当するレジに並んでみたそうです。芦沢さんの顔をチラッと見た彼は「大丈夫です」でも「頑張ります」でもなく、『507円になります』と言ったそうです。

「それでいいんです!」と芦沢さんは、うれしそうに語ります。
「私たちの関係性を考えた場合、私は輪のなかに入れたのだと思います。どうしても必要なときにだけ、手を差し伸べてあげる。私は例えば『お守り』のようなものなんです」

上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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