1983年の今日、松田聖子14th Single「ガラスの林檎」」がオリコンチャート1位を獲得。B面は「SWEET MEMORIES」。 【大人のMusic Calendar】

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1983年8月15日は、松田聖子の「ガラスの林檎」がオリコンチャートで1位を獲得した日。

「ガラスの林檎」は松田聖子の14枚目のシングルで、同年8月1日にリリースされた。作詞は松本隆、作曲は前作「天国のキッス」に続き細野晴臣、細野と大村雅朗が共同編曲をつとめた。

「ガラスの林檎」はシングルA面で初のバラード、それもスケールの大きいメロディーと相まって讃美歌の如く荘厳な雰囲気を醸し出すアレンジ、抽象性が高く宗教観すら醸し出す松本隆の詞と、松田聖子の楽曲群のなかでも、セクシャルな描写と同時に神秘性をまとう孤高の1作である。「青ざめた月」「丘の斜面のコスモス」と序盤から情景描写は最小限にとどめ、一度しか登場しないサビで、感情を激発させるかのように「指を噛んだ」で止めを刺す詞作と聖子の歌唱表現には崇高ささえ感じさせる。

ディレクターの若松宗雄はサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」のような曲を、と細野晴臣に依頼したというが、楽曲の類似性云々よりも、時代を超えて聴かれるスタンダード・ナンバーをという意図が読み取れる。或いは年末のレコード大賞狙いもあっただろうが、作詞、作曲、編曲、聖子の歌唱も含め、最初の想定を超えて突き抜けた楽曲が出来上がったのではないだろうか。
思えば松田聖子はここまで、5、6作単位で大きくイメージを変えてきた。デビュー曲「裸足の季節」から5作目「夏の扉」まではTOTO/エアプレイ系サウンドをアイドルポップスに導入し、ドライヴ感溢れるヴォーカルで80年代アイドルの王道を行く作品群を展開。6作目にして松本隆シングル初起用の「白いパラソル」から「野ばらのエチュード」までは、リゾート地を舞台にした季節感重視のポップス、そして「秘密の花園」~「ガラスの林檎」の期間はファンの間でも “天国三部作”と呼ばれ特別な位置にある楽曲群である。

「ガラスの林檎」は8週間ベスト10内を維持したものの、一旦セールスが下がる。しかし、B面に配された「SWEET MEMORIES」がサントリーCANビールのCMソングに起用されたことで再びチャートを上昇し始め、10月31日付けのチャートで11週ぶりに1位を獲得。同じシングルのA面とB面で2度1位を記録するという椿事となった。ジャケットも「SWEET MEMORIES」メインのものに差し替えられ、結果、この時点での松田聖子のシングル曲最高セールスを記録、通算でも2番目という高い売り上げを残した。

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「SWEET MEMORIES」は、若松ディレクターがアレンジャーの大村雅朗にB面用に作曲を依頼。大村はブルーノート(♭5th音)を使って曲を書こうと思い立ち、最初の2小節はすぐ完成したが、その後が続かず、若松と2人でスタジオに篭り、喧々囂々のやり取りの末、40分ほどで完成したという。イントロに関しては、大村のプリプロに付き合ったプログラマーの松武秀樹がシンセサイザーで作った。コーラス・パートは大村のアレンジに多く参加していたキーボーディストの山田秀俊によるひとり多重コーラスで、4声を2回、計8つのコーラスを重ねたもの。結果、2拍3連のジャジーなスロー・バラードが完成した。この曲に関してはまずCMサイズしかなく、その後フルで楽曲をレコーディングしたという説もあるが、松武の証言によるとCMが決まった後で、サックス・ソロなどを録り直したとのことで、最初からフルサイズで録音されたと思われる(「編曲家」DU BOOKSより)。曲先で作られ、松本隆が詞を乗せる際、「今回はついて来れるか、難しすぎたかな?」と大村と話したが、見事についてきたとその歌唱を賞賛している。

ちなみにサントリーのCMはアニメーションで制作され、登場人物すべてがペンギン。ジャズバーで女性シンガーが歌う「SWEET MEMORES」2番の英語詞部分を聴き、客が感動して涙ぐむという内容で、当初、CMには歌手名を出さずにいたため、一層の話題作りとなった。この曲は「ガラスの林檎」以上に有名になり、リタ・クーリッジやスタイリスティックス、高橋真梨子、伊東ゆかりら数多くのシンガーにカヴァーされる。

A面は荘厳でスケールの大きいバラード、B面はアダルトなジャズ・スタンダード。83年秋の松田聖子がひとつのピークにあったことは間違いないだろう。

「ガラスの林檎」写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト
Sony Music 松田聖子公式サイト>
Sony Musicが運営する松田聖子スペシャルサイト>

【執筆者】馬飼野元宏

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