大事なのは愛情を伝える努力。“魂のヴォーカリスト”が語りかける親子の絆。 「あけの語りびと」(朗読公開)

杉山プロフ写真㈰(w680)

岐阜県大垣市出身の「魂のヴォーカリスト」杉山裕太郎さんは現在42歳。
小さい頃から優等生で、小学校に入ると、常に成績はトップ。
教育熱心だった親の期待は大きく膨らみ、塾や習い事に毎日通いました。
スポーツも得意、しかもガキ大将だったので、上級生とのケンカが絶えません。

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「お前のやり方は社会では通用しない。我慢せなあかん」
「悪いのは6年生なのに、なんで俺が我慢せなあかんのや!」
「お前は、素直さがない。ひねくれもんや!」

と銀行員の父親に頭ごなしに注意され竹の棒で、ミミズ腫れになるほど、お尻を叩かれました。

そんな裕太郎さんがグレはじめたのは、中学に入った最初の夏休み。
繁華街をうろつくようになり、ヤンキーの仲間ができ、タバコ、シンナーを覚え、バイクを盗んで警察に補導されます。
自慢だった息子が不良になると、親の態度も変わっていきました。

「優等生じゃない俺のことなんて、どうせ親は愛していないんや」

高校に入っても、教師とトラブルを起こし、たった2ヶ月で退学。
その後、家出を繰り返し、暴走族のリーダーになり、暴力団と関係を持ち、絵に描いたような転落人生が始まります。

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孤独な裕太郎さんの、心の隙に忍び込んだのは薬物でした。
一瞬、心が満たされたような錯覚を覚えますが、アリ地獄と同じで、使えば使うほどハマっていき、そのうち、幻覚や幻聴が現れてきました。

「街を歩いていると、人や、電柱までも、警察官に見えるんですよ。車に乗っていると、バックミラーに映るヘッドライトがパトカーに思えて、アクセルを踏み込み、必死に逃げるわけです。(あっ!)と思った時、目の前に大型ダンプが迫っていて、衝突寸前、『お母さん!』と叫んでいました。」

車がスピンして助かったものの、身も心もドン底に落ちていました。
(帰るのは、あそこしかない…)
23歳になっていた裕太郎さんが向かったのは、実家でした。

帰ってきた息子に、父親は、大学へ行くことを勧めます。

「お前のためを思って、言っとるんやぞ」
「俺のためだ?お前らなんかに何がわかるんや!もうこんな体なんや、お前らのせいで俺はこうなったんや!」

シャツの袖をめくり、赤黒く腫れた注射の痕(あと)を見せました。

「いつからや…、もうやめられん体なんか?」
「もう2年間、ほぼ毎日やっとるわ、もう俺の人生は終わったわ…」

「裕太、いままで、こっちの気持ちばかり押し付けて、お前の話を聞いてやらなかった。許してくれな。でもな、裕太、いいか、よう聞けよ。お前はお父さんとお母さんの大事な息子なんやぞ!宝なんやぞ!だからな、こんなこと、しとったら、あかん!お前が立ち直るためやったら、なんでも協力してやる!だから、一緒に頑張って、やめよう!まだ、お前の人生、終わりやないぞ!!!」

裕太郎さんを強く抱きしめながら、父親は泣き続けました。

「あぁ、俺は愛されていたんだ。」

それに気づいた瞬間、裕太郎さんも声を張り上げて泣き崩れました。

禁断症状に苦しみながらも社会復帰に向け奮闘。
その時、幾度もくじけそうになる心を励まし支えてくれたのが、子供の頃から好きだった歌でした。
23歳からボイストレーニングを始め、体を鍛え直し、やっと健康を取り戻し、「歌で世の中の人たちに勇気を与えたい」と30歳で上京。

42歳の現在、自分の壮絶な体験を伝えながら、愛と絆の大切さを歌う「魂のヴォーカリスト」として、全国の市町村、学校などで300回を超える『魂のうた講演ライブ』を行っています。
最近では、法務省主催の「立ち直りフェスティバル」に出演し、どん底の中で見つけた、親子の絆を語り、大きな反響となりました。

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杉山裕太郎さんは言います。

「歌手になって、両親は、僕の最高の応援団になってくれました。 僕も、3歳の娘の親になり、ようやく分かったのは、愛情は押し付けるものではなく、大事なのは愛情を伝える努力。このことを、魂に込めて、歌い続けていこうと思っています。」

2016年8月10日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ