大坂なおみ コーチの褒める力の秘密

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「メディアリテラシー」では、フリーアナウンサー柿崎元子が、メディアとコミュニケーションを中心とするコラムを掲載している。今回は、「褒める力」について解説する。

大坂なおみ コーチの褒める力の秘密

【温泉で話しかける話術】

先日、仕事で長野に行き温泉付きのホテルに泊まった時のこと。露天風呂に行くと、2人の女性のシルエットが見えました。私はそっと背後からお湯に足を入れました。すると、二人のうちのひとりから「うわーっ、びっくりした」との声が。
反射的に「す、すみません。驚かせてしまいました」とあやまる私。(露天風呂に入るときには、「失礼します」と言うのかな?)などと考えながら体をお湯に沈めました。人懐こそうなおばさまたち、その次の言葉は「きれいなお姉さんが入ってきたからびっくりしたのよ」。(おおお! そう来たか。湯気の中でノーメイクの状態で言われても、まちがいなく方便だろう?)と感じながら、ちょっとうれしい私。逆褒めしなければと目をこらしたものの、0.02の視力では正直よく見えず。「お姉さんはつらいですが、ありがとうございます。」と受けました。そして「おふたりで旅行ですか、どちらから?」「大阪ですねん、長野はすずしいな」「この夏は大阪大変だったでしょう?」なんて感じでお湯につかりながらおしゃべり。長野駅前の露天風呂で知らない大阪のおばちゃんと話に花が咲くとは思いませんでした。

【大阪のおばちゃんのコミュ力】

以前から感じていましたが、フレンドリーな人に共通するのは「人を褒めるスキル」を持っていることです。関西のおばちゃんは物おじしないで話しかけるフレンドリーさで知られていますが、それは簡単に褒める言葉を口にできることにあるのではないかと思っています。「あの、ちょっとうかがいたいのですがー」と声を掛けられると警戒することもありますが、「あら、そのアイスおいしそうね」と話しかけられると何だかうれしくなります。相手の名前を知らなくてもアイスについて教えたくなります。話したくなります。おいしいアイスの選択を認めてもらえたと感じ 、気持ちいいですよね。いわゆるドーパミンが放出されるのでしょう。この神経伝達物質は、意欲や快の感情に結びついているらしいです。私たちは、何か努力したことに対して、がんばったなどとねぎらわれることをとてもうれしく感じます。自分を認めてもらったと感じるからです。だからこそ褒められることでモチベーションがアップすることも容易に想像できます。そう考えると、人を動かすには褒めることがとても大切なコミュニケーションスキルであると言えます。

 

大坂なおみ コーチの褒める力の秘密

テニス連載企画「新女王 大坂なおみ」2回続きの(上) 「チームなおみ」で飛躍  全米オープンの期間中、コーチのサーシャ・バイン氏(左)の指導を受ける大坂なおみ=4日、ニューヨーク(共同)


【褒めて育てるコーチング】

テニスの大坂なおみ選手が4大大会のひとつ、全米オープンで初優勝しました。なおみフィーバーが巻き起こりましたね。大坂選手の快進撃はコーチの存在が大きいと報じられています。サーシャ・コーチは弱気になる大坂選手に「僕は君が出来ると信じている、大丈夫」と声をかけるそうなのです。「君ならできる」と言われることで大坂選手は自分を信じて実力を出し切ることができる。この「褒めて育てる」方法がメディアにも注目されました。
以前、大坂選手は同じ全米オープンで、アメリカの選手を相手に最終セットを5-1でリードしていながら、逆転負けを喫しています。あと1ゲームを取れば勝てる試合で追いつかれ、勝利まで2ポイントで逆転されたのです。ポイントが取れない焦り、いつもと同じようにできないかもしれないというネガティブな気持ちなどが彼女の中に充満していくのを、私はテレビで感じました。実際、コート上で彼女は泣きだしていました。ミスを重ね、口を真一文字に結び、目をうるませながらサービスを打ち、涙をぬぐったりしていたのです。


【試合の流れが変わる】

9月9日の決勝戦当日。大坂選手のテニスはサービスエースやウィナーを連発するパーフェクトなものでした。しかし、女王セリーナ選手も第2セットに入り徐々に調子を取り戻してきました。得意のサービスもファーストがしっかり入り、ショットが正確さを増してきた中で、大坂選手のストロークがアウトしたり、ネットしたりし始めました。内心焦りが出てきても当然の時間帯。これは試合の流れが変わる…。誰もがそう感じ 、大坂選手の顔がアップになりました。眉間に2本の皺をよせ、奥歯をかみしめようとしていました。しかし、ここからの彼女は過去と違いました。大坂選手は確かに顔をしかめていました。しかし次の瞬間、眉の筋肉を緩め、少しあごを上げたかと思うと、口角を上に引き上げたのです。そう、つまり笑顔を作ろうとしたのです。

【ポジティブワールド】

これこそが彼女の精神力が変化した証拠です。落ち込んだ気持ちを自分で引き上げるため、まず表情を作ろうとしたのです。これは自分の弱い心との闘いに勝った瞬間だったと思います。失敗したり、うまくいかない時は表情にでるのが人間です。それが続くとさらに気持ちがネガティブになり今度は体が言うことを聞かなくなる。最高のパフォーマンスなどできなくなるのです。大坂選手はそれを瞬間的に断ち切りました。表情を作ることで気持ちを引き上げました。セリーナ選手がラケットを叩きつけ、怒涛の抗議を行なっても揺るぎませんでした。できる自分を信じてポジティブな気持ちを維持し、平常心で次のプレイに集中する。褒められることをきっかけに選手として一段成長した大坂選手を本当に尊敬します。


【3Sは褒める公式】

褒めることの重要さを述べてきましたが、人を褒めるのはこちらの照れくささもあり、なかなか難しいという人もいるでしょう。では褒める時の公式をお知らせしましょう。3Sです。3S=さすが、すてき、すばらしい。これらの言葉を、理由よりも前にすぐに、そくざに、すかさず3Sで伝えましょう。そしてあなたが褒められたときには是非行ってほしいことがあります。「ありがとう」です。やるね。すごいね。がんばったね。などと褒められたら、是非「ありがとう」と言ってみてください。「とんでもないです」「いやーそんなことないです」と否定して謙遜するのは、少し前の日本では美学でした。でもうれしいと感じたときには、より前向きに受け止めた方がよいのです。なぜなら褒めた相手の気持ちに応えることになるからです。そんな素直な気持ちの表現の連続が、愛されるキャラクターを作るのだと、大坂なおみさんから学ぶことができました。相手をけなしたり、文句を言うよりもずっと建設的な人間関係になると思います。

柿崎元子 メディアリテラシー

連載情報

柿崎元子のメディアリテラシー

1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信

著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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