最愛の人に好きな音楽をプレゼントし続けた・伝説のレコード店主 「あけの語りびと」(朗読公開)

東京の南青山に伝説になったレコードショップがありました。
名前は「パイドパイパーハウス」。

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1975年、当時20代の若者たち4人が作ったこの小さなレコード店は、輸入盤や国内盤のレコードだけでなく、音楽雑誌、楽譜、ミニコミ誌、民芸品も販売していていました。
可愛いらしい木造りのドア。
店の外壁に描かれている絵は…グリム童話の「ハーメルンの笛吹き男」。
そう、原題は「パイドパイパーオブハーメルン」=まだらの服を着た笛を吹く男。
そこから来て「パイドパイパーハウス」となっています。

レコードを入れる店の紙袋も、笛吹き男のイラスト。
広いとは言えませんでしたが、木の切り株で出来たテーブルを囲んで、美味しいコーヒーも飲める…そんな温もりに溢れた店でした。

なかでも人気を集めたのが店長で、そしてこの店のオーナーでもある長門芳郎さん。

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彼を慕い、近所の高校生はもちろん、音楽マニアやクリエーターまでがお店に集まります。
70~80年代の若者文化の一端は、南青山の小さなレコードショップから発信されていたのです。

しかし、時代の波は容赦ありません、
新譜の生産がレコードからCDに変わった1989年、入居していた建物の再開発などの影響もあって、店を閉じることになったのです。


長門芳郎さんは、1950年長崎に生まれました。

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家の目の前に教会があり、いつも賛美歌が聞こえていました。
母親は家の中でも賛美歌を歌う音楽好き。
一方、父親の仕事は百貨店の催事やイベント担当。
親の背中を見て育った芳郎少年は子供心に「企画することの面白さ」を感じ、ラジオから流れるポップスを毎日毎日睡眠不足になるまで聴きました。

東京の大学に進学するもののドロップアウト。
故郷の長崎に戻り、さっそく、夢の実行に移ります。
地元で、大好きだったバンド「はっぴいえんど」のコンサートを企画、大きな手応えを感じました。
それが縁で長門さんは再び、東京へ。音楽の世界で生きていく事を決意します。

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ある時は、山下達郎さんや大貫妙子さんが結成したグループ「シュガー・ベイブ」や細野晴臣さんのマネージャーを務め、ある時は、個性派洋楽アーティストの来日コンサートを企画。
またある時は、海外のレコードを復刻。
レコード店「パイドパイパーハウス」をオープンするのは必然だったのかもしれません。

長門さんは長崎での高校時代、ガールフレンドに自分の好きな音楽をカセットテープにしてプレゼントし続けました。
「長門くんの一番のファンは私よ!」
そして、ガールフレンドが最愛の人となりました。
今でもお薦めの音楽のプレゼントは続いているそうです。

長門さんのモットーは「まず、夢中になる」。
懐かしい音楽だけではなく、若いミュージシャンの新しい音楽にも感動したい。
そんな音楽を真摯に紹介していく。
音楽を届けることの喜びを教えてくれたのは、ひょっとしたら…奥さんだったのかも知れません。

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先月、長門さんは自分がいままでどんな仕事をしてきたか、これまでの人生を一冊の本にまとめました。
本の名前は「パイドパイパーデイズ 私的音楽回想録」。

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PIED PIPER DAYS パイドパイパー・デイズ 私的音楽回想録1972-1989

支え続けてきてくれた奥さんへの感謝抜きには語ることのできない人生が描かれています。
長門芳郎さんの本、「パイドパイパーデイズ 私的音楽回想録」は1972年から1989年の日々を綴っています。
レコードショップのこと、コンサートのこと、当時の東京の音楽シーン、来日アーティストの素顔などなど驚きと納得のエピソードにあふれています。

そしてそれをきっかけに、音楽ファンの熱い希望を受け、あの頃の懐かしい音楽に再び会い、新しい音楽と出会うことができる、伝説のレコードショップを期間限定で再び渋谷で開店することになりました。

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7月15日から約半年間の予定でタワーレコード渋谷店5階に特設コーナーとして出店しています。約10坪のスペースに約3,000枚。
選りすぐりのアナログレコードとCDが並んでいます。
当時のポスターやコンサートチケット、フライヤーなどの展示もあります。

2016年8月3日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ