たったひとつの夢を追い天国へ旅立った“花やしき少女歌劇団”の天使 (朗読公開)

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

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浅草の遊園地「花やしき」は、160年の歴史をもつ娯楽施設です。
ジェットコースターの轟音や子どもたちがあげる黄色い歓声。

この「花やしき」の奥にあるフラワーステージで、
毎週日曜の正午から、歌とダンスを披露している女の子たちがいます。

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6歳から18歳まで総勢40名ほどが在籍する『花やしき少女歌劇団
地元のFM放送やお祭りなどでも活躍しているご当地アイドルです。

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楽屋にかけられている少女たちのネームプレート。
ここから3月いっぱい…つまり明日でハズされる一枚のプレートがあります。

そこに記されている名前は「木村唯(ゆい)」・・・。 ※写真右

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このプレートがハズされてしまう理由は、二つあります。
それは唯さんが『少女歌劇団』の年齢制限である18歳になったこと。
そして、彼女が去年の10月、天に召されてしまったことです。

「お母さん。私、足が痛いんだけど」

唯さんが母親の雅美さんに、そう訴えたのは2012年、15歳の時でした。
診断の結果は、横(おう)紋筋(もんきん)肉腫(にくしゅ)・・・いわゆる小児がんの一種でした。
抗がん剤治療による嘔吐、食欲不振、髪も抜け落ちてきました。
けれど、唯さんが落ち込んだり、うつむいたりすることはありませんでした。
ベッドでも出来ることを考え、詩を書いたり、小さな声で歌を口ずさみました。

「絶対、花やしきに戻って歌うんだ!」

ひとつの夢が、あくまでも前向きの姿勢を失わない力になりました。
けれども、運命は唯さんに、さらに苛酷な選択を迫ります。
*抗がん剤治療を続けながら、残り少ない余命を送るか?
*がんの転移を防ぐために、右足切断の手術を受けるか?
担当の医師は言いました。「自分で決めてください」

唯さんが苦悩の夜を幾つ超え、どんなふうに決めたのかは分かりません。
けれども、唯さんは、きっぱりと言いました。

「私・・・手術を受ける!」

これが、15歳の少女の決断でした。

花やしき少女歌劇団」の親友、吉田綾女(あやめ)さんは、後にこう語っています。
「唯が決断してくれたことが、うれしかった。大きな勇気をもらったんです」
けれども、唯さんには一つだけ、心残りがありました。
(手術を受ける前に、もう一度だけステージで、みんなと歌いたい!)

この夢を叶えるために用意された健常者としての最後のステージ。
母親の押す車いすで楽屋入りをした唯さんは、まず体温を計りました。
6度9分・・・調子は、上々。

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ステージのセンターには、車付きのパイプいすに座った唯さんが登場!
両側には、吉田綾女(あやめ)さんと小坂衣(い)純(ずみ)さんも座りました。
「私たちも、一緒に座ります!」と、自分たちから申し出てくれたのです。
「私達にできること」のイントロが流れ始めました。
ダンスやステップは無理でも、上半身だけで精いっぱい歌います。

2013年7月。10時間に及ぶ手術に耐えた木村唯さん。

それから半年後、いよいよリハビリ開始と思った矢先、さらに絶望的な現実が姿を現しました。
がんの肺や気管支への転移・・・。
それでもいすに座って、ステージに出た唯さん。
(足を見たお客さんが、いやな気持になったら、どうしよう)
こんな心配をよそに、彼女を包んだのは「おかえり!」「待ってたよ!」
お客様たちのあたたかい声ばかりでした。

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2014年4月のステージは、桜の花びら模様の傘をクルクル回しながら、少女たちは歌いました。
入院中の唯さんが、雅美さんに言ったことがあります。

「ママ、私を可哀想だなんて思わないで・・・。可哀想なんて思われたくない。私、幸せだから」

たった一つの夢を持ち、それを追い続けることの強さと美しさ。
この教えを「花やしき少女歌劇団」の後輩たちに、身をもって示し、木村唯さんは、去年の10月14日、天国へと旅立ちました。

2016年3月30日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

番宣確認番号 JBS1603300009
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ