タイ仏教寺に犬が多い理由は? 僧侶の友で、怠け者の代名詞でもある寺犬の生活

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【ペットと一緒に vol.97】

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以前の記事で取り上げた、タイのチェンライ県。その洞窟から救助されたサッカー少年たちを引率したコーチは、何年もの間、仏教寺院に出家していたと報道されています。今回は、タイの人々に「マー(寺)・ワット(寺)」と呼ばれる、タイの寺院で暮らす犬たちの独特な暮らしをご紹介します。


タイの寺院には犬がつきもの

仕事と休暇で20回近くタイを訪れている筆者は、滞在中に一度は仏教寺院に足を運びます。そこは、喧騒が届かない静かな空間なのでほっとでき、心穏やかに過ごせるからです。

バンコク市内の、地元の人しか行かないような小さな寺院を散策していたときのこと。筆者は、タイの犬も吠えるというごくあたり前の事実に気がつきました。「ワォワォワォ」、「ガゥガゥ」と、境内で10頭の犬たちに囲まれたのです。

街中のいたるところに放し飼いの犬やコミュニティ・ドッグがいるタイですが、それまで犬に吠えられた経験がなかったので、正直かなり驚きました。

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ふだんは大理石の上など、涼しいところで寝ているだけの穏やかな犬たちですが……

タイの完全なる野犬はしばしば人を威嚇することもあり、狂犬病ウイルスを保菌している恐れがありますが、寺院の犬は穏やか。それを知っているので、怯えもせずにいた筆者を、とくに危険人物とは認知しなかったのでしょう。犬たちは、あっさりと境内へ散って行きました。

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タイの寺院では猫もよく見かけます


寺犬たちの自由気ままな毎日

タイの寺に犬が多いのには、わけがあります。

人口の約95パーセントが熱心に信仰しているタイの仏教は、上座部仏教といい、中国から伝来した日本の大乗仏教とはまた違った価値観を持ちます。現世において善行を積めば、よりよい来世が訪れる。タイの人々は、深くそう信じているといいます。

悪行の極みは、殺生。となると、タイ人が事情あって犬を捨てる場合、どんな哀れな運命をたどるかわからない街に放すことはできず、安全が保証された寺へと連れて行くことになるのです。

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お寺は静かで安全。ちなみに手前の2名の前にあるカゴには小鳥が入っています。空に放つという善行を積むためだそう

タイの僧侶は、虫一匹すら殺してはなりません。当然、犬も邪険には扱えず……。境内で子犬が生まれても、まさか他の寺へ捨てに行くわけにもいかず、僧たちが育てるしかありません。

犬にしてみても、寺は食べ放題の極楽。野良犬のように食糧を求めてさまよい歩く必要なんて、全くなし。ただ、托鉢でご馳走を持ち帰ってくるお坊さんたちを待っていればいいのです。

地域住民が寺の犬の世話をしている寺もあるようです。

タイ

なんと、テーブル内で眠る犬を発見!

寺の主人に対する、犬たちの信頼感は深い。そう思い知る光景に、小島の海辺で出会ったことがあります。

朝日が波間を金色に染め輝かせるころ、山吹色の僧衣をまとった僧侶がひとり、砂浜を歩いていました。その横を、まるでお付きのように2頭の犬が寄り添っていたのです。どこまでもどこまでも、ときには後になり先になり僧侶とともに進み行くさまは、美しく、今でも筆者の心に深く刻まれています。

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人影まばらな早朝のビーチ。ときには2頭でじゃれ合い、波打ち際で水浴びをしながらも、僧侶のもとへと戻り歩き続けます


「寺の犬」は怠け者の代名詞!?

犬を取り巻く環境は、国によってさまざま。どこの国でも、ペットを家族に迎え入れた以上は責任を持って育てて欲しいとは思いますが、保護先や譲渡先などが見つからないと殺処分になる可能性がある日本の飼育放棄犬や迷い犬に比べたら、寺で新たな暮らしを与えられるタイの犬のほうがしあわせかもしれません。

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なんともおおらかで平和な光景です

私が寺院の犬に吠えられた理由は、犬が捨てられる理由を考えれば察しがつきます。

「よく吠える」、「なつかない」など、必然的に扱いにくい犬が寺へ置き去りにされたからではないでしょうか。

「もうひとつあるよ」と、庶民最高の善行として数カ月間の出家生活を送った、タイ人の友人が教えてくれました。「煩悩を断ち切ってわが身の解脱を目指す僧侶は、怒ったりしないんだ」と。なるほど、街では吠える犬に「こらっ!」と注意している飼い主を見かけますが、お坊さんが怒鳴る場面には、いまだかつて遭遇したことがありません。

『どうせボクなんか寺の犬さ~、彼女は高嶺の花~、手は届かな~い~、ルルル~♪』なんて歌が、タイでは以前流行っていたと聞きます。怠け者や情けない人のことを、タイ人は「寺の犬のようなヤツ」=「まるで、マー(犬)・ワット(寺)」と呼ぶのだとか。

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おっと! 座ろうと思ったらマー・ワットが。確かにダランと怠け者の風情が……

そんな風に言われなくても……、という筆者の心配など無用とばかりに、当の寺の犬たちは、きっと今日も広い境内で自由気ままに生きているに違いありません。

※すべての写真の無断転載を禁じます。(©Kyone Usui)

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ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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