長嶋茂雄氏・王貞治氏インタビュー それぞれの感動名場面【ショウアップナイター】

1966年(昭和41年)の放送開始から今年で50周年を迎えた 「ニッポン放送 ショウアップナイター」は、7月18日(月・祝)に「ニッポン放送 ショウアップナイター」50周年を記念した大型特番とプロ野球中継 を編成した。特番には、長嶋茂雄氏(読売巨人軍終身名誉監督)、王貞治氏(福岡ソフトバンクホークス会長) と松井秀喜氏が出演し、それぞれの感動名場面を振り返った。

長嶋茂雄氏(インタビュアー深澤弘氏)、王貞治氏(インタビュアー:師岡正雄アナウンサー)のインタビュー内容は次の通り。

■1965  巨人がこの年から9年連続日本一に (王貞治氏へのインタビュー)

(師岡) 前年に55本のホームランを打っています
(王) ちょうどホームラン王になって3年目ですね。もう打席に立つのが楽しくてしょうがないくらい「打てばホームラン」って感じでした。 だから「打席に立ちたい」と常にワクワクしてましたね。

(師岡) 1965年はケガをされましたけれども結果は打点王・ホームラン王、そしてシーズンMVPに輝いたV9の 始まりでしたが、振り返って記憶に残っていることは?
(王) 前の年、自分の成績が良かったけれども日本一はとれなかった。 その前の年は日本一になった。 川上さんになってから1年ごとに日本一に なっていたので、今年は日本一になれる年だと思った。

(師岡) その後。連覇ですら難しいのにV9というチームとしての偉業を達成しました。
(王) 今思っても、よく9年も続けて勝ったなと思います。 9連覇って言うとものすごく強力打線、ピッチャーも 凄かったように思いますけど、その都度はね、毎回天王山だったんですよ。とにかく「打倒ジャイアンツ」っ てのが当時のみなさんだったから、 ピッチャーは常にエース級が出てくるし、バッターも他のチームと やると きとジャイアンツとやるときとで全然違いましたから。本当に緊張感というのを毎日持ってやらないと いけなかった。 おかげで、そういう相手とやってたから、自分の技術も上がっていったんじゃないかなと 思いますね。

■1973 巨人軍V9達成について (長嶋茂雄氏へのインタビュー)

(長嶋) V9っていうのは今でも忘れられないね。強かった。 特にね、3年目、4年目、5年目、6年目。あの4年間っていうのがね、強かったもんね。 巨人軍の選手が言うんだから間違いない。

(深澤) 勝ってあたりまえのチームの4番バッターの責任っていうのは?
(長嶋) 勝ってあたり前というより、4番をやることは大変なよろこびだし、 大事といつも思っていた。

(深澤) 王さんの3番ともこれ以上ない組み合わせで・・・
(長嶋) 王さんが3番、私が4番。私が3番を打ったこともありますけど、ONという時代は歴史の中でありますからね。

(深澤) ON全盛時代は日本の野球の黄金時代だった。
(長嶋) という人もいっぱいいるね。 いるけどやる本人は一生けん命野球をやってましたよ。

■1974 長嶋現役最後の打席 (長嶋茂雄氏へのインタビュー)

(深澤) 名スピーチを時々お聴きになることはありますか?
(長嶋) あんまり聞かないね。

(深澤) あれはかなり前から考えていた?
(長嶋) 考えたというよりも一応こういうことがいいだろうということは頭の中に入れて思っていましたからね。
(深澤) 中継していて涙が出ました。人間涙が出ると言葉が出ないんですね。だから単文を続けて長嶋さんが最後通路に消え て、明日から見れないんだと思うと寂しいってもんじゃなかったですね。

■1977 王貞治756号ホームラン (王貞治氏へのインタビュー)
(師岡) プロ野球ファンだったら誰もが鮮明に覚えていると思いますが両手をあげたあのポーズ。あれは自然に出た?
(王) 僕はあんまりそういうことは高校時代にしてはいけないと自分の中に戒めみたいなのをもっていたので、 あの時は結局、まわりから後ろを押されて打ったようなホームランだったので、やれやれという思いと“ みなさんありがとう”という思いと、“やっと出ましたよ”という思い。そういう様な、嬉しいって気持ちでは ないんですが、やっぱり役目を果たせたかなと、そんなホッとした気持ちの表れでしたね。

(師岡) 相手投手の配慮も怠らずに声をかけたという話がある
(王) みんな真剣におさえようと思って投げているし、こっちも真剣に打とうと思ってやっているから、結果は出て しまえばその結果なんだけどお互い讃えあうっていう気持ちはありましたね。認め合うといいますかね。

■1993 巨人軍にゴジラ松井誕生 (長嶋茂雄氏へのインタビュー)

(深澤) 松井秀喜という凄いバッターに会うことになります。よくドラフトで引き当てましたね
(長嶋) 1枚(残っていたのを)抜いてとって松井秀喜の名前が出た瞬間、 なんともいえない喜びと“やったぞ!”という気持ちがありましたね。

(深澤) 前の晩、松井秀喜を引き当てた夢を見たそうですね
(長嶋) 本当に夢を見ました

(深澤) そしたら前の晩に松井秀喜のお父さんも同じ夢をみた。松井秀喜は想像通りでしたか?想像以上でしたか?
(長嶋) 想像以上ですよ。体も大きいし、なんといっても甲子園で、4つフォアボールのとき、バッターボックスと1塁 に走った姿を見て、松井はプロの野球ができるなと僕は感じたね

■1994 10.8中日×巨人最終決戦 (長嶋茂雄氏へのインタビュー)

(深澤) 世紀の1戦、あれはすごかったですね、
(長嶋) プロ野球で初めてでしょ?たった1勝で1年が決まると。

(深澤) 中畑さんに言わせると「監督の話を聞いていたら僕らが勝つんだ」と思ったと。桑田さんは「桑田、締める ところでいくぞ」と言われてしびれたと。
(長嶋) ああいう試合はこれから出ないと思うけどね。

■2000 ONシリーズ決戦(長嶋茂雄氏へのインタビュー)

(深澤) いわゆるONシリーズ、夢のような対戦でした
(長嶋) 王さんとやる以上は、選手権のような固い気持ちがね、何かないんだよね。あの時は、そういうのにならない んだよね。 長い間、ジャイアンツで一緒に試合をやって、そういう気持ちがあるからこそ、固い気持ちが 出ないと思いますよ。

(王貞治氏へのインタビュー)

(師岡) ファンは手に汗握ってましたよ。
(王) もう私がホークスの監督になってから“いつかON対決を・・・”と、 皆さんに言われて、なかなかホークスが 勝てなくて実現できなかった。 でもやっと2000年という区切りの年に実現できて、まず実現できたことが 嬉しかったですね。

(師岡) ご自身でも長嶋さんとの監督対決に特に感慨深いものが?
(王) それはありましたね。日本の野球はジャイアンツだと、ましてや監督が長嶋さんでしょ? 選手としてもトップだった人が、ジャイアンツの監督として率いていると。 戦う側としてはこの上ない人なん ですよ。 これ以上の人はいない。そういうところが長嶋さんと僕がね、選手としても一緒に戦った同士ですから。 やっぱりこれはすごいチャンスを手にしたなと。神様は粋なことをするな、と。

(師岡) 振り返って、長嶋さんは“対決という気持ちはなかった、一緒に戦ってきた仲間という気持ちしか沸いて こなかった”とおっしゃっていた。
(王) まわりがどうしても対決、対決というからね “どっちが勝つんだ?”というけれど、我々は土俵の上にのせ られた二人みたいなもんですよ。 どっちが勝つかというより土俵の上に乗れたこと自体が嬉しいんですよ。 そういったことはあまり考えなかった

ニッポン放送ショウアップナイターナイター50周年特番 左 松本秀夫 右 深澤弘