「ストームチェイサー」日本で唯一、雷を追跡して撮影するカメラマン。 「あけの語りびと」(朗読公開)

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写真家の青木豊さんは、日本で唯一の「ストームチェイサー」。
ストームは嵐、チェイサーは追跡者。雷を撮影するカメラマンです。

なぜ、雷を追うようになったのか、こんな話がありました。
青木さんは、昭和43年生まれの48歳。
実家は、茨城県筑西市で写真店を営んでいました。

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「当時の我が家は、祖父と祖母、両親、そして兄と姉がいて、サザエさんのような、昭和の家庭でした。でも、子供の頃は、家業の写真屋が、きらいで、きらいで・・・」

というのも、写真屋さんは、みんなが休んでいるときが忙しくて、日曜も夏休みもなく、遊びに連れて行ってもらえない。
「働いてばかりの、お父さんなんて、きらいだ!」と、子供のころは、そんなふうに思っていました。

次男坊で、フリーターだった青木さん。26歳のとき父親から、「お前が継がなければ、この店をたたむ」と言われ、迷った挙句、「青木フォトサービス」の三代目となります。

「なんて言うんでしょうねぇ、きらいだった父に、だんだん自分が似てきたので、写真屋を継いでもいいかな、と思ったんです。当時は、工業製品や、会社のパンフレット、レストランのメニュー撮影など、大口の仕事もあって、景気はよかったんですよ。」

ところが、今から15~6年前、写真のデジタル化の波が押し寄せてきます。
大口のお客さんが激減し、商売が行き詰ります。
さらに体調を崩した父親を介護施設に入れるために、店を手放しました。
そして青木さんは、アパート住まいの派遣社員になりました。

食品工場のラインが止まった深夜、機械をバラして熱湯で洗浄する。
収入が安定し「これなら続けられる」と思った矢先、突然の「派遣切り」に…。
派遣社員だと、いつクビになるか、わからない。
アルバイトをしながらでも、自分のやりたいことを見つけたい。
そんなことを考えていると、アパートから見える外の景色が、にわかに曇りだし、雷鳴が轟きました。
ピカッ!と稲妻が走った瞬間、手元にあったカメラのシャッターを切ると、今まで見たこともない写真が写っていました。

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「偶然、撮れた雷の写真は、自然のパワーがストレートに溢れていて、いっぺんに、魅せられてしまったんです。」

これをきっかけに「ストームチェイサー」と名乗り、嵐の追跡者になります。

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住んでいる茨城県は、「雷銀座」と呼ばれるほど、雷が多い。
しかし、雷はいつどこに落ちるか分からない。
そこで、国交省の「気象レーダー」で、雲の流れをチェックし、車で現場へ…。

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行動範囲は、自宅から30キロ圏内。
北は宇都宮。南は筑波。西は足利や佐野、東は水戸あたりまで。

雷は、積乱雲から発生し、西から東へ、偏西風に乗って移動します。
一番きれいに撮れるのは、1キロ〜2キロ手前なので、先回りをして、待ち構えます。
ところが計算通りにはいかず、頭の上からドドーン!

「車の中は安全ですが、100m先に雷が落ちたときは、車がグラグラっと揺れるほどの衝撃で、髪が総毛立ちました。」

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青木さんの1日は、朝4時半に始まります。
まずは気象レーダーをチェック、雷が発生する場所を予測します。
雷は、ほとんど夕方に集中するので、朝の6時から9時までパチンコ店の清掃のアルバイトをしてから、午後に雷を追いかけます。

青木さんは、言います。
「これから9月の上旬までが、雷の季節です。夏の空を見上げていると、子供の頃を、よく思い出します。雲が、いろんな形になって、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんが、『おーい、豊、いい写真を撮れよ!』と、笑顔で応援しているように、見えることもあるんです。」

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ストーム・チェイサー(The Japanese Storm Chaser)-夢と嵐を追い求めて (結ブックス)

2016年7月20日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ