1968年7月22日、ザ・タイガース6枚目のシングル「シー・シー・シー」がオリコン1位を獲得! 【大人のMusic Calendar】

ちょうどオリコンが正式発足した時期にリリースされたシングル4作目「君だけに愛を」は突如浮上したフォーク・クルセイダーズのメガヒット「帰って来たヨッパライ」のため2位に甘んじたが、続く「花の首飾り」はタイガース初のオリコン1位に。
そこまでのタイガースのシングルは全部すぎやまこういち作曲だったが、作家が一新され、作詞・安井かずみ、作曲・加瀬邦彦の「シー・シー・シー」が世に出て、これまた頂点まで駆け昇る連続大ヒット!
前作は加橋かつみが歌ったという「ねじれ」があったので、本来のリード・ヴォーカリストであるジュリーとしては初めてとなる。

なお、この5年後、ジュリーのオリコン1位への帰還となった「危険なふたり」も同じ安井・加瀬コンビであり、続く1位作品「追憶」も同様。
ちなみに、その後オリコン1位となった「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」「ダーリング」は全て作詞・阿久悠、作曲・大野克夫なので、ジュリーがヴォーカルのオリコン1位の全6曲は2組の代表的作家コンビで半々に分け合っているのも面白い符合。

ところで、「シー・シー・シー/C-C-C」とは1960年代半ば以降、日本国民の新・3種の神器と言われた3C(Color TV-Cooler-Car)からのシャレ?
また、同じ渡辺プロから同年5月に「恋のバイカル」でデビューした梢みわ、彼女はスリーCガールとして売り出され、それはColorful-Cool-Cuteの意で、そのままこのタイガース曲にも当てはまりそうなキャッチフレーズだったが、関連あったのかな?
しかし、ロックたるべきGSも、そのヒット曲となるとオーケストラが被さったマイナー歌謡バラード調が多かった中で、これはエレキ・ギターが前面に出たバンド演奏だけによるCompact-Catchy-Charmingなビート・ナンバーに仕上がっていて、スカッと爽やか!(あ、Coca-ColaにもCが3つ)
初期ビートルズやデイヴ・クラーク・ファイヴ「ドゥ・ユー・ラヴ・ミー」などを思わせる曲調だが、ビートルズも同年春にはシンプルでストレートなロックン・ロールに回帰したかのようなシングル「レディ・マドンナ」をリリースしていた。

発音的には「She」や「Sea」を連想させ、タイガースの前年のサマーソング「シーサイド・バウンド Seaside Bound」から連なっているように思えたりもするのも狙いだろうか。
そして「Shh」でもある。ジャケットではジュリーが口の前に人差し指を立てて「Shh=静かに=内緒だよ」のポーズ。内緒? 何が?
いささかヘンテコな歌詞を眺めると、まず「ピエロが数えた♪」、ピエロは英語ならClown、数えるはCount、そして「足して引いても掛けても♪」=計算する=Calculate、Cが3つ! 松本隆がアグネス・チャンの「ポケットいっぱいの秘密」に「あ・ぐ・ね・す」を潜ませた詞の先駆か?

というのは半ば冗談だが、実際、同曲には謎が多いのですね。

謎A)作家が一新され、と簡単に前述したが、実は当初すぎやまこういちが引き続き作曲した「南の島のカーニバル」が新曲として雑誌に予約告知までされていた。同曲は今ではタイガースのレア音源集CDで聴ける。確かに弱い楽曲と思えるにしても、それまでタイガースに多大な音楽的貢献をして来た作家よりも、時の勢いを止めないことをこそ最優先したのか…。
一方、加瀬邦彦の自伝的著書『ビートルズのおかげです』によれば、やはりインパクト不足と感じたタイガースのマネージャーから早朝5時に電話で曲作りを頼まれたが、何と午前10時から録音とのこと! だが8時までにはメロディーが出来上がってスタジオへ。メンバーとヘッドアレンジしたバック演奏は午後2時頃に録音が終わり、その間に安井かずみが作詞。コーラスには加瀬も加わって、夕方6時には全てが終了したという。
…ところが、残されていたレコード会社の録音日誌と照らし合わせると直ちに疑問が沸く。その貴重な資料によれば、「シー・シー・シー」と「南の島のカーニバル」は同じ日に初めて録音されていたのだし、また「シー・シー・シー」は後日に再録音もされているのだから。

謎B)ジャケットで顔が見えるのはジュリーと瞳みのるだけ。後はシルエットで、それも4人分! 裏側を見ても、高笑いしている瞳のほか、シルエットは5人。その6人目は加瀬って隠喩?
なお、シルエットになっているメンバーの写真が別に添付されていたという証言が(かなり限定的にだが)あって、その写真自体も私の手元に複数ある。今ならCDへのトレカのランダム封入というような販促が東京の一部地域だけで密かに試されていたのだろうか?

謎C)後年になるが、武道館でのタイガース解散コンサート、この総決算と言うべき1回きりの場で「シー・シー・シー」は歌われなかった。
タイガースのシングルは全15枚、その内で両A面とされている2曲を加えてのA面17曲中、取り上げられなかったのは4曲のみ。加橋がリード・ヴォーカルだった「廃虚の鳩」、そして実質的にはジュリーのソロ曲だった「嘆き」と「君を許す」、以上3曲は理由が分からないでもないが、残る1曲が「シー・シー・シー」なのだ。
「花の首飾り」は加橋に代わった岸部シローによって歌われたにもかかわらず、もう1曲(だけ)のオリコン1位の大ヒット曲を、あえて外したのは何故?
を越されたと思いしったアルバム、それがこれだ…」と言わしめただけある。この名盤『SLOW MOTION』がリリースされたのが、76年の7月21日であったのだ。

【執筆者】小野善太郎

ミュージックカレンダー