今は当たり前!初期の時代の映画は「アレ」ができなかったのです【鈴木杏樹のいってらっしゃい】

娯楽の代表の1つ、映画にはこんな物語がありました。今週は『映画の歴史』についてです。

■ 『サイレント映画(無声映画)について』

初期の時代の映画には音声がなかったので、『サイレント映画(無声映画)』と呼ばれていました。

“音声を録音する技術”は既にありましたが、“音声と映像を合わせる”というのは、まだ難しい時代でした。

映像に合わせて音楽が流れている作品がありますが、これは上映の時、オーケストラやバンドによる伴奏が多かったそうです。

 

そんな中、日本には『活弁』という、世界の映画界でもとても珍しい、独自の演出方法がありました。

これは『活動弁士』と呼ばれる方が、サイレント映画を上映する際に、スクリーンのそばでストーリーを説明したり、声をマネてセリフを読み上げたりするものです。

『活動弁士』の方は“独自のセリフ回し”ですとか、人それぞれとても個性的で、中には“活動写真界のスター”と呼ばれて、大変な人気だった方が何人もいたそうです。

 

『活弁』が、どうしてこれほどまでに人気だったかと言いますと、日本には古くから講談や落語、浪花節といった“話芸”があります。

『活弁』にはこうした“話芸”と共通点が多いことがその理由だそうです。

 

そんな『サイレント映画』に対して、現在のような映像と音声が一緒になったものを『トーキー映画』と言います。

世界で初めての『トーキー映画』は、1927年(昭和2年)アメリカで公開された『ジャズ・シンガー』という作品です。

但し音声が付いたのは全編ではなく、イチ部分だったそうです。

その翌年1928年には全編『トーキー映画』の『紐育(ニューヨーク)の灯(ひ)(原題『Lights of New York』)』が公開されました。

 

2012年の『アカデミー賞』では、フランスのサイレント映画『アーティスト』が『作品賞』など、最多5部門に輝いています。

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(2016/7/14放送分より)

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