永遠のロックボーカリスト西城秀樹さんが情熱を注いだ野外ライブとは?

大阪ミナミの大阪球場で熱狂的なファンの拍手を浴びた西城秀樹 提供産経新聞

「草野満代夕暮れWONDER4」(5月17日放送)で、西城秀樹さんの訃報を受けて、 「西城秀樹ストーリー」を紹介した。

急性心不全のため、63歳でこの世を去った、歌手の西城秀樹さん。脳梗塞を2度発症し、右半身にまひが残りましたが、それでもまたステージに立とうと懸命にリハビリを続け、去年もライヴを行うなど、最後までシンガーであることにこだわりつづけた秀樹さん。

そのベースには、子供の頃からの「ロック」への強い憧れがありました。

1955年、広島で生まれた秀樹さん。洋楽好きだったお父さん・お兄さんの影響で小学生の頃からバンド活動を始め、ドラムスを担当。筋金入りのロック少年でした。

ベンチャーズ、ビートルズ、ストーンズ、など、あらゆる洋楽を聴いて育った秀樹少年。なかでも、大きな影響を受けたのが、1969年にニューヨーク郊外で3日間にわたって行われた、伝説の野外コンサート『ウッドストック』です。当時中学生だった秀樹少年の心をつかんだのが、60年代、その情熱的な歌声で、絶大な人気を集めたジャニス・ジョプリン。

「自分もこんなふうに、全身全霊を注いで、歌ってみたい!」

そんな思いが、歌手への道を歩む原点になりました。

1972年にデビューした秀樹さんは、アイドル的な人気を集め、歌謡曲を歌いながらも、ロックへの情熱は忘れていませんでした。

「自分も、ウッドストックのような、大規模な野外コンサートができないだろうか?」

そこで1974年から始めたのが、「大阪球場ライブ」です。当時はまだ、野球場で単独の屋外ライブを開いていたのは、海外からやってきたアーティストばかりで、ましてやアイドル歌手が単独で行うのは異例中の異例。

「ウッドストックのようなことを、誰よりも早く、自分がやってみたかった」

という秀樹さん。クレーンを使うなど、大仕掛けなステージも話題になり、恒例行事として10年続く一大イベントとなりました。

あの独自の「熱唱」の背景には、ロック少年の深い憧れがあったのです。走り続けたアイドル、西城秀樹さん・・・・・いや、ここではこう言わせてください。永遠のロックボーカリスト、西城秀樹さん、ご冥福をお祈りいたします。

 

 

草野満代 夕暮れWONDER4
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