ナイキが世界最大のスポーツブランドに発展したのは、ある日本企業のおかげだった?

「箱崎みどり夕暮れWONDER4」(5月14日放送)にて、世界最大のスポーツブランド「ナイキ」を支えた、ある日本企業の話を紹介した。

年間3兆5千億円を売り上げる世界最大のスポーツブランド「ナイキ」。 アメリカ・オレゴン州にある本社に、日本庭園があることを知ってますか?

「ナイキ」の創始者・フィルナイトは、日本のシューズメーカー「オニツカタイガー」の品質の良さに目をつけ、輸入販売を開始しました。そして、しばらくしたのち、1971年に、自分のスポーツブランド「ナイキ」を立ち上げました。

当初ナイキは、「オニツカタイガー」のシューズを参考に、日本で製品を作っていました。事業の拡大を求め、資金を調達したいフィルナイトですが、担保がない会社には融資ができなと銀行に断られます。この時、フィルナイトに手をさしのべたのが、日本の総合商社でした。高度経済成長期にあった日本の商社は、時にプライベートバンクとなり世界の新規ビジネスに投資や支援をしていました。

フィルナイトを救ったのは2人のビジネスマン。1人は「皇(すめらぎ)」さん。期限内に支払えない「ナイキ」の請求書を机の中に隠し、繰り返し手をさしのべたそう。もう1人は「伊藤」さん。ナイキが小切手の不渡りを出した時、当時のお金で1億9千万円を自己判断で全額肩代わり。社長の許可がいる決済を独断で行ったそうです。のちに会社にバレ解雇を宣告されたそうです。しかし、上司のはからいでクビはまぬがれました。

今や、時価総額10兆円と言われるナイキの創始者フィルナイトは、こう言います。

「ニッポンの企業がナイキを何度も救った。日本企業の支えがなければナイキは生まれていなかった」

この思いを忘れないため、そして、ナイキで働く社員に知ってもらうために、フィルナイトは、会社の敷地内に日本庭園を作りました。その庭にある石碑には、庭の名前がこう記されています。

「ガーデン・オブ・日商岩井」

 

 

「箱崎みどり夕暮れWONDER4
FM93AM1242ニッポン放送 月曜-木曜16:00-17:40

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