こめられた想い出を重ねて修理する工房・鳩時計専門店「森の時計」 「あけの語りびと」(朗読公開)

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

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うまいドイツコーヒーを飲ませてくれる神田神保町のカフェ「シュヴァルツ ヴァルト神保町」に足を一歩踏み入れた人は、「おっ!」と思わず息を飲みます。
店の壁一面に掛けられた鳩時計やからくり時計。
その数、30台。

「うわぁ、すご~い!」

と、声をあげる若い女性。
時計は全部、動いていますから時間が来れば、鳩が鳴きます。

ご安心ください。時間は5分ずつズラしてあるので、鳩時計が一斉に鳴きだすことはありません。
お客様は5分に一度、いろんな音を聴きながら、お茶を楽しめます。

 

昨年春、この店を開いたのは、日本橋の鳩時計専門店「森の時計」のオーナー芹沢介(せりざわようすけ)さん36歳・・・。
芹沢さんが鳩時計に出会ったのは、学生時代のヨーロッパ旅行で、乗り換えのときに立ち寄ったドイツのみやげ店でした。

女性の店員さんが目の前で、鳩を(ピッポ、ピッポ)と鳴かせてくれました。
(こんな楽しいものがあったんだ!) 心に火がともりました。

芹沢さんは言います。

「だって、どんな子どもでも、鳩が顔を出して鳴くと、ニコッと笑うんですよ。」

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就職氷河期と呼ばれていた時代。どうせなら好きなことをやろう・・・と、芹沢さんは惚れ込んだ鳩時計について学ぼうと、単身ドイツに渡ります。
そして、鳩時計の工房にホームステイ。
その歴史や技術を勉強しました。

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TV出演時キャプチャー(w680)

鳩時計が生まれたのは200年前。
ドイツのシュヴァルツ ヴァルト
=「黒い森」と呼ばれる地域でした。
きびしい冬の中、森で働く人たちは
副業として鳩時計を作り始めたそうです。

鳩時計の正式な名前、ご存じですか?

「カッコー時計」と言うんですね。

そして「カッコー」というのは、閑古鳥のこと。
ですから、日本に渡ったとき「商売上、閑古鳥じゃ縁起がよくない」と
鳩時計と呼び換えられたわけです。

ぶら下がっている重りを、ジジーっと引き上げてネジを巻く鳩時計。
けれども、電池式のクォーツ時計の登場で、鳩時計には古臭いものというイメージが付き、高度経済成長時代の中で、それは消えていきました。
こんな鳩時計を、新しいイメージで売り出した芹沢さんの所へは、全国から修理の相談も持ち込まれるようになりました。

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ある日のこと、中年の男性が持ってきたのは、亡くなった奥さんとのヨーロッパ旅行で買った思い出の鳩時計でした。
裏ぶたを開いてみると、中はサビとホコリで固まっていたそうです。

「ここで直してもらえないなら、残念ですが、もう捨てます。」

思い詰めたお客様の言葉にほだされた芹沢さんは、ドイツへの仕入れの旅に、その鳩時計を持っていきました。
年老いた職人さんは、それを見て言ったそうです。

「ドイツの鳩時計で、修理できないものはないんだよ。」

低いけれど、自信と誇りに満ちた声でした。
見事によみがえった鳩時計を持って帰国したときのことです。

「いやぁ~、ふと見ると、お客様が泣いていらしたんです。僕も泣きました・・・鳩も鳴きました。」

先週は、こんな修理の話も持ち込まれました。
結婚祝いにもらったという鳩時計を抱えたお客様は、こんな話をしてくれました。

「実はこの鳩時計、止まって動かなくなってしまったので、ゴミ置き場に出したんですよ。そうすると、その夜中なんですけどね・・・ピッポ、ピッポ、こいつが鳴くんです。どうしても捨てられなくなってしまって、あわてて拾ってきましたよ。」

沢山作って沢山売るのが工場。
作ったものに想い出を重ねていくのが工房。
芹沢さんは、その鳩時計の修理を請けました。
そして、笑いながら言います。

「そうですね~7月・・・8月いっぱいくらいには、直したいですね。」

2016年7月13日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ