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8時のGOOD STORY
お菓子に恋した男
今朝は手元に一冊の本があります。
幻冬舎ルネッサンス刊 猫井登(ねこいのぼる)著『お菓子の由来物語』
チョコレート色の表紙を開くと、どのページにもきれいなケーキの
写真が載っています。その数は、三百数十種類。どれも美味しそう。
写真に添えられている文章は、作り方のレシピではありません。
そのケーキが、いつ、どこで、どのようにして生まれたのか?
そこには、どんな物語やエピソードが伝わっているのか?
これは、日本でも大変珍しい、お菓子の歴史書なんです。
著者の猫井登(ねこいのぼる) 本名 村山禎一(ていいち)さんは48歳。
洋菓子店の経営者でもパティシエでもなく、元銀行員の方です。
昭和40年、5歳の村山さんは、商社勤めのお父さんの都合で渡米。
10歳までアメリカで育ちます。
お母さんの登之子(としこ)さんは、生活を楽しむことに熱心な方で、
いろんな料理やケーキを作っては、子どもたちを喜ばせました。
卵を割ったり泡だて器を回したり、優秀なアシスタントだった
息子の中には「コックになりたい」という夢が自然に生まれました。
けれど、学歴のことで苦労していた父親は、この夢を否定します。
「どうか大学へ行ってくれ」・・・この父の想いを汲んだ村山さんは、
早稲田大学の法学部に進学します。
そして就職の時も「固い仕事を選びなさい」という父親の言葉で、
大手の銀行に入りました。
外勤から融資係、そして経営プランを練る総合企画部へ・・・。
銀行マンとして優秀だった村山さんは、出世コースを歩みます。
けれども、その胸の中にはいつも、すきま風が吹いていました。
そんなとき、お父さんが「がん」を発症。数回にわたる手術で、
介護の必要な身体になってしまいました。介護疲れのために、
お母さんも持病の腎臓病が悪化。寝たきりの身体になります。
その甲斐なく、母が亡くなり、後を追うように父が亡くなった時、村山さんは40歳を目前にしていました。
両親の死に直面して、胸の中にわいてきた自問自答・・・。
「本当にこれで、オレの人生に悔いはないんだろうか?」
お父さんが最後に残した言葉も、胸に残っていました。
「すまなかったなぁ・・・。これから先は、好きにしていいから」
けれども、40歳からの転身は、なかなか勇気のいることでした。
そんな村山さんの背中を押してくれたのは、友だちの言葉。
「残りの人生で、今日が一番若いんだから、やりたいことをやれよ」
こうして銀行を辞め、若い人と一緒に調理師学校の夜間部に入学。
西洋料理と中華料理の成績はまあまあでしたが、お菓子はダメ!
でも、一番心がときめいたのは、そのお菓子を作る部門でした。
そこで、卒業後はさらに、ケーキの専門学校に入学。
その勉強の中、お菓子には一つ一つの物語があることを知ります。
「ウエディングケーキは、悪魔が「甘いもの」を嫌うから作る」
「木の様なブッシュ・ド・ノエルというクリスマスケーキの原型は、
貧しい若者が贈り物の代わりに恋人に贈った一本のマキだった」
「シュトーレンは、生まれたキリストをくるんだ布とゆりかご」
あらゆる書物を開いて、少しずつ書きためた話をまとめたのが
この本『お菓子の由来物語』です。
一緒に撮りためた写真、2万5千枚は画素数や法的権利の関係で
使えないと判明。ほとんどのケーキを自分で作り、
それを撮るしかありませんでした。ペンネームは、銀行マン時代のニックネームが
「ニャンコ先生」だったことから「猫井」・・・。
「登」はお母さんの「登之子(としこ)」から一文字もらいました。
この本を母親の墓前に捧げ、村山さんは、こうつぶやきました。
お母さん、いろいろあったけど、やっぱりこの道にきました」
投稿時間:2008-11-20 03:33:33
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